開発者寄稿コラム 日本でゲーム作ってます。

『Code Name: S.T.E.A.M.』におけるアメコミタッチ 最終回~アール・デコとアメコミ白銀時代

こんにちは、パウロです。『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』発売から1週間が経ちました。お買い上げいただいた方、感想を書いていただいた方、Tweetしていただいた方、みなさまありがとうございます。本日はコラム最終回となりますが、『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』のヴィジュアル面におけるもっとも特徴的な部分である、アメリカン・コミックス(略:「アメコミ」)のタッチについてお話させてください。本論に入る前に、少しだけ『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』の全体的なヴィジュアル方針について述べる必要があります。ここまでのお話で十分ご理解していただいたかと思いますが、このゲームの大きなテーマは、あらゆる面においてアメリカの豊かな文化を表現することです。そのために、「アメリカらしさ」という抽象的な概念を、どうやってヴィジュアル表現するかが、開発初期段階からの重要な課題でした。前回までスチームパンクについて色々書かせていただきましたが、その中でよく登場したのは「ヴィクトリア朝」という単語でしたね。このヴィクトリア朝ですが、言うまでもなく、イギリスの一時代であり、文化の一部です。スチームパンクの作品の多くでは、さまざまな衣装や機械のデザインは、ヴィクトリア朝を参考にして作られています。あと、ヴィクトリア朝時代には、まだカラー写真がなかったので、絵画以外に残されているヴィジュアル資料は、そのほとんどが白黒の写真や版画です。さらに、これらの写真や版画が印刷された紙が古くなったせいで、薄茶色に変色し、「ヴィクトリア朝=セピアトーン」というイメージが、強く根付いています。『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』にイメージを与えようとした当初に、私が自問したのは、「一般的なスチームパンクの定義は概ね決まっているけれど、じゃあ、アメリカン・スチームパンクとは何だろう?」ということでした。その質問に対する答えとして、まず、アメリカを代表しながら、スチームパンクの美的感覚にも通用する様式を選ぶ必要があったのですね。これは比較的に単純なことで、「ストリームライン・アール・デコ」という、アール・デコ様式から派生した、アメリカのデザイン、美術様式を、早い段階で選びました。「ストリームライン」というのは、1920年代から1950年代までにかけてアメリカで流行っていた、アール・デコから派生したいくつかのデザイン様式を、ひとくくりに表現した言葉となります。一般的に「アール・デコ」という様式は20年代のフランスに生まれたものではありますが、海を渡ってアメリカで流行ったバージョンは長く続いた一方、独特な味わいをもっており、アメリカ文化のテイストや精神を非常にうまく反映しているのではないかと感じております。アメリカのアール・デコを代表している作品は数多くありますが、みなさまがすぐ思い浮かぶのではないかと思われるのは、例えば、ニューヨークの摩天楼ですね。もっとも名高いのは、キングコングが(映画で)登ったことで有名な「エンパイア・ステート・ビル」ですが、私はそれよりも気に入っているのはそこから1kmほど離れている「クライスラー・ビル」ですね。20-30年代に大いに繁栄していたアメリカのあらゆる大都市にアール・デコの巨大な建物がそびえ立っており、壮観このうえないのですが、例えば『華麗なるギャツビー』といった映画でも、その時代の輝かしさを体験できますよ。株価大暴落前のアメリカを描いた、美しい映画です。この様式は、19世紀末の、装飾豊かなデザインテイストと、20世紀頭に生まれた装飾を一切取り除いて、「機能美」を唱え続けたモダニズムとの間の妥協案として考えた方が分かりやすいかと思います。それがゆえに、アメリカ風のアール・デコという様式においては、過去のテイストと、当時から見た未来像がうまい具合に混ざり合っており、スチームパンクが要とする「レトロフューチャー」感がばっちり表現できると思ったわけです。さらに、(これは特にアメリカ南部のテキサス州などに見られますが)アール・デコがアメリカで独自の発展を遂げるにあたり、ネイティブアメリカンのアートが見直され、その要素が積極的にデザインに取り入れられることによって、「アメリカオリジナル」とでも言うべきテイストを増していることも、プロジェクトの狙いからしたら魅力的に映りました。長らく美術様式の話をしたのですが、様式を決めたとしても、次はそれをニンテンドー3DSというハードの画面上で表現するにあたり、適切なタッチを選ばなければいけない、と言う課題がありました。前述のように、「スチームパンク=セピアトーン」という一般認識があるのですが、個人的に、それは、エネルギッシュで多様なアメリカ文化らしくないなと強く思っていました。そこで、「アメリカオリジナル」の美術様式を表現するにふさわしい、アメリカならではのタッチはなんだと言えば、やはりアメコミだよね、と思ったわけです。アメコミ自体が生まれたのは、はるか昔ですが、非常にメジャーな文化となった時期(「黄金時代」と呼ばれております)は、実際、アール・デコが流行った30-40年代と重なっております。ですので、「黄金時代」のアメリカンコミックス(例えば、初期の「スーパーマン」とか)の背景に描かれている建築や車やファッションがアール・デコ調で、キャラクターの形式化やダイナミックなポージングにもその影響を感じ取ることができます。実に関係が深いのですね。しかしながら、ここで告白しないといけないことがありまして、アメコミ要素をこのゲームに取り入れるにあたり、少しズルをしました。黄金時代のコミックスは大好きだし、プロジェクトが必要としていたノスタルジア感にあふれていますが、やはり多くの人から見たらちょっと古臭く見える懸念がありました。そのレトロ感を失わないまま、現代のお客さんにとってもう少し受け入れやすい絵として、1950年代中ごろから始まった、ジャック・カービー等のアーティストが代表する「白銀時代」のアメコミスタイルを参考にしたのです。私は、カービーは「黄金時代」のスタイルを洗練して抽象化して、新たな様式を生み出した大立者だと思っていまして、「ストリームライン」の成り立ちとも、とても相性がよいと思っています。これらの要素を組み合わせた結果としてまとまったゲーム映像は、携帯ゲーム機の、比較的小さな画面でもきれいに栄えて、カラフルで、元気のあるスチームパンクの世界観になったんじゃないかと自負しております。普通思い付くような「セピアトーン」のスチームパンクから少々かけ離れているので、懸念をもたれる方もいらっしゃるのではないかと思いますが、そのジャンルの魅力をしっかりと反映させることに努めましたので、ご安心いただきながら、ちょっと違った味のスチームパンクを味わっていただければ幸いに存じます。このようにして、ストーリーやキャラクターと同様に、『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』のヴィジュアル面でのアイデンティティーは、アメリカの精神をできるだけ表現しようとするチャレンジから生まれました。その描写はあくまでアメリカ育ちではない我々制作側の感覚を通していますが、個人的には、アメリカ外部の人間からの、「アメリカ」という壮大な文化体系へのラブレターとして理解していただければと思います。長い長いコラムとなりましたが、これまでお付き合いくださったみなさま、本当にありがとうございました。『Code Name: S.T.E.A.M. リンカーンVSエイリアン』を、今後ともよろしくお願いいたします。