1. 社長も書いた仕様書

北村

最初にお訊きしたいことがあるのですが・・・。

岩田

はい、どうぞ。

北村

『大合奏! バンドブラザーズDX』はニンテンドーDSソフトなのに、
どうして「社長が訊く」で取り上げられるのかなあと思いまして。

岩田

今度の『バンブラDX』は、これまでの音楽ゲームにはなかった
新しいシステムがありますよね。そういった新しい試みについて、
15秒や30秒のテレビCMではなかなかお伝えできないですから、
DSソフトとして初めての試みではあるんですが、
今回はそういった点を開発に関わった3人から直接訊いて
みなさんにご紹介してみたいと思ったんです。
私自身、このソフトには、不思議な縁がありましたし・・・。
 
それではまず、自己紹介をお願いします。

北村

環境制作部の北村です。
前作の『大合奏!バンドブラザーズ』(※1)ではアートディレクターを、
今度の『大合奏!バンドブラザーズDX』ではディレクターをやらせていただきました。
“名目上”のディレクターですけど。

岩田

“名目上”?

北村

このソフトは、デザイナーとかプログラマーといった職制の区別なく、
スタッフ全員でアイデアを出し合ってつくりましたので・・・。

岩田

でも、そういったつくり方はダメだと言われるのが普通ですよね(笑)。
クリエイティブな世界では、多数決型の合議制はうまく機能しないことが多く、
1人のしっかりしたビジョンがあって、その旗振りの元で、スタッフが一丸となって、
完成に向けて開発を進める方がうまくいくと言われているんですが、
あえてその反対の道を歩んだのはどうしてなんですか?

北村

『バンブラDX』の完成型のイメージが、スタッフ全員のなかにありました。
しかもそれは、開発初期の段階からみんなが共通していたんです。
そこで、さらにおもしろいものにするためには、
みんなで集まってアイデアを出し合ったほうがいいと思いました。

※1

『大合奏!バンドブラザーズ』=ニンテンドーDSと同時に発売された音楽ソフト。2004年12月発売。

岩田

わたしは、このプロジェクトチームの人たちは
とても仲がいいとは感じていましたけど、
そこに秘密があるのかもしれないですね。
それでは北原さん。

北原

環境制作部の北原です。
わたしは初代の『バンブラ』がゲームボーイアドバンスで
開発されていた後半からこのプロジェクトに参加しました。
前作の『バンブラ』ではプログラマーを、
今作ではプログラムディレクターを担当しました。
仕様を検討して、プログラムでそれを実現できるかどうか検討したり、
他のプログラマーさんに仕様を伝えたりと、連絡役の業務がメインでした。

岩田

ゲームボーイ版については、のちほど話を訊くことにしましょう。
最後に久馬(きゅうま)さん。

久馬

企画開発部の久馬です。
僕は今作の『バンブラDX』からサウンドディレクターとして
このプロジェクトに参加することになりました。
主に楽曲データ全体のとりまとめや、
どうやったらプレイしやすくなるかといったことを、
サウンドの立場から意見を出すようなことをしてきました。

岩田

久馬さんと北原さんは同期入社なんですね。
北原さんの話にも出ましたけど、ゲームボーイカラー(※2)の時代に、
この『バンドブラザーズ』の企画がスタートしたんですね。
北村さんは、『バンブラ』に関わりはじめて何年くらいになるんですか?

※2

ゲームボーイカラー=ゲームボーイの後継機で、カラーで遊べるようになった携帯ゲーム機。1998年10月発売。

北村

かれこれ10年くらいになると思います。
わたしがまだピチピチしていたころですから(笑)。

岩田

(笑)。
もともと『バンブラ』は、『ゲームボーイミュージック』と
呼ばれていた時代があって、とても長い迷走の末に、
ようやく出口から出られたという経緯がありますね。
まず、『バンブラ』が世に出るまでの話をしてもらえますか?

北村

その話をはじめると、1時間や2時間ではとうてい足りません(笑)。
それくらい長くて、たくさんの紆余曲折がありましたが
かいつまんでお話するとそもそものはじまりは、
新しいキャラクターを描いたことがキッカケでした。

岩田

それが、メインキャラクターのバーバラですね。
もともと北村さんは、取扱説明書をつくったり、
パッケージのイラストを描くような仕事(→アートワーク業務)が本業だったんですよね。

北村

ええ。仕事の合間にバーバラを描いたのですが、
何かのソフトで使ってくれないかなあと思いながら、
お呼びがかかるのをじっと待っていた時期があったんです。

岩田

ところが、誰もゲームに使ってくれなかったと。

北村

そうなんです。それで、誰も使ってくれないんだったら、
いっそのこと自分たちでゲームをつくっちゃおうと。
そんなとき、生音の楽器音がきれいに出せる
新しいサウンドチップが開発されて、
それを活かしたソフトがつくれないかという話が飛び込んできて・・・。

岩田

ゲームボーイカラーの時代は、
いわゆるピコピコという電子音の時代でしたね。
そこで『バンブラ』の前身である
『ゲームボーイミュージック』の開発が
本格的にスタートしたわけですね。

北村

ところがもたもたしているうちに、
ゲームボーイアドバンス(※3)が発売されることになり、
音質もそちらのほうがいいということになって。

岩田

特別なサウンドチップの力を借りなくても
生音が出せるようになったんですね。
でも、完成直前までこぎ着けた『ゲームボーイミュージック』も、
いったん開発をやめることになりましたね。

北村

いろいろと問題はあったのですが、最大のネックになったのは、
「合奏」するのに、プレイする人たちが全員、
ソフトを買わないといけないということでした。

※3

ゲームボーイアドバンス=ゲームボーイカラーの後継機。4人での通信プレイも可能になった。2001年3月発売。

岩田

「合奏」は確かに演奏しても面白いし、
そして演奏している人達の姿も魅力的に感じたのですが、
1人1本ずつソフトを買って集まらなければ、
合奏を楽しむことができないとなると、
とても敷居が高い商品になってしまいますからね。
でも、開発中止と言われても諦めきれなかったんでしょう?

北村

ええ。本職のデザイナーの仕事もありましたし、
1度は泣く泣く諦めましたが、
どんな形でもいいから、合奏の楽しさを
みんなにわかってほしいと思い続けていて・・・。

岩田

そのような思いをいだき続けていたのは、
北村さんだけではありませんでしたね。
ニンテンドーDSを発売した2004年の初めに、
スタッフの皆さんと個別に面談する機会があったのですが、
『ゲームボーイミュージック』に関わった人たちは、
一様に、このソフトを世に出したいという気持ちが
非常に強いということがわかりました。
しかも、このソフトが開発中止になる前に、
私にとってとても印象に残っていることがありました。
開発中のソフトを実際にプレイしている
スタッフの映像を見たのですが、演奏が終わった後、
みんなでハイタッチしながら喜び合っていたんです。

北原

普通はゲームが終わってハイタッチなんかしませんよね。

岩田

ええ。それを見たときに「このゲームには何かがある」と感じていました。
そのころ、ニンテンドーDSのソフト開発が始まろうとしていたんです。
そして、ニンテンドーDSの「ワイヤレス通信」機能を使えば、
1本のソフトがあればみんなで合奏できそうだ、ということがわかってきました。
ゲームボーイアドバンスではどうしても解決できなかった問題が、
ニンテンドーDSだと一気にクリアされたんですね。
そこで、急遽、プロジェクトチームを再結成することにしたんです。

北村

ただ、岩田さんは開発を再開させる一方で、
厳しい条件を課されましたよね。
「ニンテンドーDSと同時発売できなければ
プロジェクトチームを解散します」って。

岩田

ゲームボーイカラーの時代から迷走を繰り返したソフトでしたので、
迷う暇がなくなるように、そういう指示を出したんです。
最初は、期間が区切られたことでみなさん心配そうでしたが、
合奏部分が動き始めてからは、チームの雰囲気がガラリと変わりました。
あのときは、時間さえあれば、みんなで合奏していたみたいですね。

北原

合奏したい、でも残り開発期間がない、と葛藤に悩んでましたが、
結局毎日夕方になると、集まって合奏でした。

岩田

でも、開発期間がないにも関わらず、
ソフトの中身に関しても新たな要求も出しましたよね。

北村

あのときはビックリしました。

北原

突然、開発室のドアがバーンと開いて・・・。

北村

「岩田さんが乗り込んで来た!」って(笑)。
しかも「作曲モードを入れてほしい」という話で・・・。

岩田

すると「楽譜が読めないから、
そんな機能をつけられても困ります」という人もいて。

北村

わたし・・・とか。

一同

(笑)

北村

でも、岩田さんから
「クラスのなかに作曲できる人が1人でもいれば、
ほかのクラスメートはその曲をもらうだけでもうれしいはず」って
説得されたんですよね。

北原

それで試作品をつくってみたんですけど
岩田さんに「こんなんじゃダメ」って、ボロボロに言われて。

北村

そうこうしている間に、岩田さん自ら仕様書を書かれたんですよね。

岩田

わたしが社長になってから、唯一書いた仕様書です。
「ニンテンドーDSと同時発売できなかったら開発中止だ」と自ら宣言した以上、
わたしにも大きな責任があると思ったので、つい手が出たんでしょうね。

北原

あのときは本当に助かりました。
とてもわかりやすい仕様書でしたし、
今回の『バンブラDX』でもしっかりと受け継がれています。

北村

作曲モードは追加して本当によかったと思います。

岩田

楽譜が読めないと言っていた北村さんも、
開発の終盤になると、市販の楽譜を買ってきて、
ホイホイという感じでつくっていましたしね。

北村

発売後は「バンブラ職人」のような人たちが生まれて、
自分のブログなんかで「こんな曲をつくったのでみんな聴いて!」
ということも起こりましたし。

岩田

でも、いくつかの問題が明らかになりましたね。

北原

作曲モードでは、つくった曲を
8曲しか残すことができませんでしたので、
たくさんの曲を残せるようにしてほしいという声が多かったですね。

北村

あとから「追加曲カートリッジ」(※4)も出しましたけど、
音楽の好みがお客さんによって千差万別だということを痛感しました。
「曲が偏りすぎでは?」という意見もありました。
だから「次を」という話になったときは、「今度こそお客様に満足していただける
ものが作れる」と思って本当にうれしかったです。

※4

「追加曲カートリッジ」=『大合奏!バンドブラザーズ』に新しく楽曲が追加できる、ゲームボーイアドバンスのカートリッジの形状をしたソフトのこと。収録曲はユーザーアンケートを元に決定し、販売はオンラインで行われた。