1. 経済を知らなくても・・・

岩田

今日はご足労いただいてすみません。

坂村

いえいえ、とんでもありません。

岩田

開発部隊が長々とお世話になりまして、
ありがとうございました。

坂村

こちらこそ大変お世話になりました。

岩田

まさか日本経済新聞社さんで長年記者をされていた方に、
わたしがインタビューをさせていただく日が来るとは
夢にも思っておりませんでした(笑)。

坂村・長尾

(笑)

岩田

「立場が逆じゃないか」とつっこまれそうですが、
あえて今回も、わたしが訊かせていただく、
というスタンスでお願いしたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

坂村

お手柔らかにお願いいたします(笑)。

岩田

まず最初に坂村さんの役割からご説明いただけますか?

坂村

はい。
教育事業本部の坂村です。
実はわたくし、岩田さんが社長に就任されたときに
大阪経済部でデスクをやっておりまして。

岩田

びっくりです、そうだったんですか。

坂村

ですから、少なからずご縁があるなあと思いますが、
今回は主に日経社内の調整役ということで、
このソフトにかかわらせていただきました。
中間管理職として現場の仕事に関して
号令だけをかけていればいいと思っていたんですが、
最後にちょっと違う局面になりまして(笑)。

岩田

現場のお手伝いもしていただきましたね。

坂村

はい(笑)。
で、ソフトを開発するにあたっては
いろんなやりとりが必要になりますので、
広い意味での窓口をさせていただきましたのが、児玉です。

児玉

ネット営業本部の児玉です。
よろしくお願いいたします。

坂村

そして、ソフトに出てくる問題の執筆や監修を
現場で任天堂さんのスタッフの方と四つに組みながら
やらせていただいた、長尾です。

長尾

教育事業本部の長尾です。
よろしくお願いいたします。

坂村

大ざっぱになりますが、役割はそんな感じです。

岩田

ありがとうございました。
さて、そもそもこの企画が生まれることになったのは
どのような経緯からですか?

坂村

もともとは、日経TEST(※1)という、わかりやすく申し上げれば
経済・ビジネス版TOEIC(※2)のような試験を
2008年の秋にスタートさせました。
まあ、それを世の中に普及させるにはどうすればいいかと。

岩田

そこで、日経TESTのソフトを
DSで出したいという話になったんですね。

※1

日経TEST=日本経済新聞社と日本経済研究センターが主催する、ビジネスにたずさわる人たちを対象にしたテスト。正式名称は「日経経済知力テスト」。年に2回実施。

※2

TOEIC=「トーイック」と読む。英語によるコミュニケーション能力を診断するための、世界共通のテスト。Test of English for International Communicationの略。

坂村

はい。
当時、わたしたちは
マーケティング本部という部署にいたんですが、
そのときの上司であった永野健二(現・名古屋支社代表)が
とてもアイデアマンといいますか、
常々「『DS』、『Wii』というのは新しいメディアである」と、
そんなことを言っていたんです。

岩田

はい。

坂村

さらに「新聞のようなメディアは新しいメディアと
連携していかなければならない時代になっている」とも。
そんなことを強烈に言っていたのがスタートなんです。

岩田

なるほど。

坂村

そもそも日経は、難しいことをかみ砕いて、
やさしく、面白く供給するということが
あまり得意ではなかったんですね。

岩田

そういったことが
新聞には求められてなかったということなんでしょうか。

坂村

それは新聞の怠慢だったかもしれません(笑)。
で、先ほどの永野の言葉なんですけど、
「“池上彰”化することが必要だ」とも言ってまして。

岩田

池上彰さん(※3)といえば、
以前NHKの「週刊こどもニュース」(※4)
お父さん役をやられていた方ですよね。

坂村

はい。
あの番組のように
わかりやすく伝える必要があるだろうと。
それを“池上彰”化という言葉で表現していたんです。

※3

池上彰さん=元NHK報道記者。「週刊こどもニュース」にレギュラー出演したあと、フリーのジャーナリストになり、現在はニュース番組のコメンテーターとしても活躍中。

※4

「週刊こどもニュース」=NHK総合テレビで毎週土曜の夕方に生放送されているニュース番組。

岩田

偶然ですけど、実はわたしもこのソフトを立ち上げるとき、
「週刊こどもニュースが実現しているように
経済に関する知識をほとんど持っていないような人たちも含めて、
経済のことを自然に理解して身につける方法が提案できたら、
けっこう世の中にインパクトがあるんじゃないか」
といった話を開発チームによくしていました。

坂村

そうだったんですか。

岩田

そもそも「週刊こどもニュース」では
本番の前に、事前に用意した原稿を
出演する小学生たちの前で読んで、
その小学生たちがわからなければ、
無条件に原稿を書き直すことにしているという話を
池上さんの本で読んだことがあったんです。

坂村

そんなことまでやっているんですか。
知りませんでした。

岩田

そこはちょっと任天堂と似ているところなんですが、
デバッグをしてくれる・・・デバッグというのは
ソフトが正しく動くかどうかをテストすることなんですけど、
デバッグ部隊の中心になっているのはアルバイトの方々なんです。
わたしたちが商品をつくっているとき、
その人たちから「ここはちょっとわかりません」と言われたら、
たとえそれが当社を代表するゲームデザイナーの宮本(茂)が
つくったものであっても、ちゃんと直さなきゃいけない、
そういう文化が任天堂にはあるんですね。

坂村

たとえアルバイトの人たちに対してであっても、
「君たちはわかってない」とは言えないと。

岩田

はい。
彼らはお客さんの声を代弁してるわけですから。
任天堂にはもともとそういった文化があるのですが
今回はテーマが経済という、とてもわかりにくいものなので
坂村さんの元上司の方がおっしゃった“池上彰”化が
とくに必要だと感じたんです。

坂村

なるほど。偶然ですね。

岩田

それで、任天堂の開発スタッフに会っていただくことになって、
最初はどんな印象でしたか?

坂村

ぶっちゃけの話でよろしいでしょうか?(笑)

岩田

遠慮なくおっしゃってください(笑)。

坂村

初期の段階で
「このプロジェクトはつぶれるかもしれない」と
思った局面がありました。

岩田

実はうちのスタッフも、
「最初のうちは、正直、無理かなと思いました」と言ってました。

坂村

それはどうしてかといいますと、任天堂の方が
「経済は知らなくても困らないんです。
知らなくても生きていけるんですよ、だから興味ないんです」
とおっしゃったんですね。

岩田

任天堂側が子どものようなことを言って
困らせたんですね。

坂村

は?

岩田

彼らが言ってたんです。
日経さんが大人で、任天堂は子どものようだったと(笑)。

坂村

そんなことはないと思いますけど(笑)。
まあ、そのような話になることは
ある程度は予想していましたので、
「そうですね」と一応申し上げたんですけど、
そのときわたしは説教・・・じゃなくて説得ですね(笑)。

岩田

(笑)

坂村

説得しようとしたんです、無謀なんですけど。
「あなた方がおっしゃる“経済”は、
“経済学”とか“マクロ経済”(※5)のような、
学者や官僚だったり政治家だったり、
経営者が考える世界であって、
はるか遠い世界の話だと思っておられませんか?
“経済”はすごく身近なものなんですよ」と。

※5

マクロ経済=経済学の基礎理論のひとつで、所得、雇用、物価など、個別の経済活動を集計することで、ひとつの国の経済全体を扱う経済学のこと。

岩田

そうおっしゃったとき、
うちのスタッフはどのような反応をしていましたか?

坂村

残念なことに、わたしが言ったことが
まったく刺さっていない雰囲気でした。
しかも、ちょっとシニカルな視線を
送ってくる方もいらっしゃいましたし(笑)。

岩田

申し訳ありません(苦笑)。

坂村

「経済なんか知らなくても、生きていけるもん」と
おっしゃるから、わたしも言い返したんです。
「ゲームなんかなくっても、生きていけるもん」と。
まるで子どものように(笑)。

一同

(笑)