ディスクシステムは当時の価格で15,000円。決して安いとは言えないものでしたが、400万台以上というセールスを記録。ハードの周辺機器として大きな成功を収めることとなります。
その後、ゲームの進化に伴いディスクシステムの容量ですらも限界が見え始めます。しかし、ディスクではこれ以上容量を上げることができない。ではどうしたら? という課題が出てきた時、ROMカセットの存在が再浮上。半導体業界が新しいチップを開発し、ディスクを上回る容量を搭載することに成功。そして半導体の価格が急落し、原価を抑えながらも大容量のゲームが実現できることになりました。さらにセーブ機能までが付加され、ディスクの性能を生かしたソフトがなかなか現れなかったこともあり、だんだんと勢いを失っていきます。
このころになるとゲームの種類や内容も、飽和状態になりかけていました。開発側は大容量戦略を選択、グラフィックや音楽性の強化に力を注ぐことになります。容量アップによってゲームとしての幅を拡げようという流れへと、業界全体がシフトしていった時期でもありました。このような時代背景の中、ディスクシステムはその役目を終え、ふたたびROMカセットへとその座を譲り渡し、スーパーファミコンの登場により、その姿を消していくことになります。ラストタイトルは1992年12月22日発売の『じゃんけんディスク城』(徳間書店インターメディア)。書き換えサービスは2003年9月30日まで続き、全199タイトルのリリース、ソフトの総売り上げ数5,339万本をもって、その歴史にピリオドを打ちました。 |
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