1. 格闘ゲーム竜王

岩田

さて、せっかく、私と桜井くんがふたりで
『スマブラ』の話をするわけですから、
ここで、いちばん昔の話をしてみようと思います。
このシリーズのはじまりは、
1999年にニンテンドウ64で出た
『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』
なんですが、そのプロトタイプは、
桜井くんと私がふたりでつくったんですよね。

桜井

いわゆる→『格闘ゲーム竜王』ですね。

岩田

まだ、任天堂のキャラクターが
乗っていなかった段階のゲーム。
企画と仕様、デザイン、モデリング、モーション、
すべて桜井くんがやって、
プログラムは私ひとりという、
ある意味、究極の手作り作品で。

桜井

ファミコン時代のゲームみたいな体制で(笑)。
サウンドにもうひとりいましたけど。

岩田

当時は、いろんなソフトを手がける一方で、
本当に自分たちがつくりたいもの、
アウトプットというのを模索している時期で。
そんなときに、桜井くんが
なにかおもしろいものを考えているというので、
「それはさっさとつくって動かしたほうがいい」
ということで、
「オレがプログラム書くから、企画、書きな」
と桜井くんをうながして。
とはいえ、当時はふたりとも仕事を抱えているので
とても時間はとれなかったんですけど。

桜井

たしか、その当時岩田さんは、
別の仕事をメインでやっていたんですよね。

岩田

私も平日は時間がないから、
土日にプログラムしているような状態で。
桜井くんから仕様とデータをもらって組んで、
「こんなふうになったけど?」って
キャッチボールしながら形にしていった。
あれはね、おもしろい経験でしたよ。
桜井くんの言ったことを入れれば入れるほど、
どんどんおもしろくなりましたから。

桜井

当時、その別の仕事をしているスタッフから
「あっちのプログラムをやってるときの
岩田さんは生き生きしてる」って
妙な苦情を言われたりしました(笑)。

岩田

そう見えたかもしれませんね。
やっぱり、プログラムしていて、
最初の段階からかなりの手応えがありましたからね。
ただ、まさかここまでの規模のゲームになるとは
当時は思いませんでしたけどね。

桜井

うん、そうですね。
なにより、当時は、任天堂のキャラクターを
そこに登場させられるとは思いませんでしたから。

岩田

いま振り返ってみると、
企画のスタート地点というのは、
まず、ニンテンドウ64の特長であった
3Dスティックというデバイスを使った、
4人で遊べるゲームをつくろう、
ということだったと思うんですけど、
桜井くんとしては、どんなことを考えていたんですか?

桜井

ええと、ひとつは、
当時の狭いところに入り込もうとしている2D格闘ゲームに対する
アンチテーゼというものがありました。
もうひとつは、4人対戦の楽しさというか、
「毎回、やるたびに何かが違う」というおもしろみを
なんとかして形にできないかと考えていました。
まあ、ひと言でいえば、
「4人対戦型バトルロイヤル格闘」
ということになるんですけど。

岩田

「4人対戦型バトルロイヤル格闘」というのは、
たしか、当時の企画書の表紙に書いてあったかな。

桜井

ゲームのタイトルはつけてなかったんですよね。

岩田

まだ『竜王』というコードネームも
ついてなかったんですよね。
たまたま、ゲームの背景に、
山梨県のHAL研究所がある竜王町の風景を
使ったから→『竜王』になった。

桜井

その写真も自分で撮ったんですよ。
グラフィックもモーションも自分一人でやってて、
「ああ、背景素材どうしようっかな、
あ、これだ。パシャ」って(笑)。

岩田

そんなふうにはじまったゲームが、
ここまで広がったかと思うと、
非常に感慨深いですね。

桜井

そうですね。

岩田

で、最初につくったプロトタイプでは、
顔も何も描かれていないキャラクターが
4人いるだけだったのに、
任天堂のキャラクターが乗ることになって、
そこで大きくゲームが変わるわけなんですけど、
当時のことを思い出せます?

桜井

ええ、思い出せますよ。
任天堂のキャラクターを
使わせてくださいとお願いしたのは、
コンシューマー版の格闘ゲームをつくるとなると、
ゲームの世界観を伝えづらくなるからなんです。
つまり、格闘ゲームって、どうしても
主人公となるキャラクターが何人も必要で、
主人公1、主人公2、主人公3というふうに
メインキャラクターが横並びになってしまうんです。
アーケードゲームであれば、世界観は二の次で、
純粋に対戦のみを楽しめばいいんですけど、
コンシューマー用の格闘ゲームとなると
ゲームの世界観やイメージを
最初にうまく伝えられないのは困るんですよね。
そこで、任天堂のキャラクターを
使わせてくださいとお願いしたんです。

岩田

いまでこそすっかり認知されていますが、
当時は、そのオールスターな顔合わせが
誤解されたりもしましたよね。

桜井

あの時期はつらかったですね(笑)。

岩田

リンクとマリオとピカチュウが殴り合うなんて、
それぞれのファンからすると、
「なんだそれは!」って思えたでしょうからね。
そういうこともあって、当初は、
「対戦のおもしろさ、奥深さ」という
『スマブラ』の当たり前の本質が
なかなか理解してもらえなくて。

桜井

その理解を進めるために書いていた、
「究極マニュアル」というガイドがありました。
で、これをインターネットに展開したのが、
初代「スマブラ拳」だったりします。

岩田

その「スマブラ拳」も、
シリーズを重ねるたびに更新されて、
いまだに「製作者自らが書く」という体制のまま
オフィシャルページとして続いているわけなんですが。

桜井

いまは6ヵ国語に翻訳されてます。
撮影スタッフやページを制作してくださる担当者、
翻訳者のかたがたにはとても感謝しています。
→「スマブラ拳」のサイトはこちら