1. 架け橋のゲームにするために

宮本

あれ? 今日は僕ひとりですか?

岩田

ええ。

宮本

プロデューサーを担当した青沼(英二)(※1)さんは?
それに『リンクのボウガントレーニング』では、
もう1人、プロデューサーがいまして・・・。

岩田

手塚(卓志)(※2)さんもプロデューサーですよね。

宮本

手塚さんが『ゼルダ』のタイトルに関わったのは
すごく久しぶりですし、岩田さんから何を訊かれても
僕は黙って、隣に座っていればいいかなあって思って来たんですが(笑)。

岩田

(笑)。
今回は、ゲームの細かな内容の話よりも、
宮本さんがどんなイメージを持ちながら、
『リンクのボウガントレーニング』という商品をつくったのか、
じっくり訊いてみたいんです。

※1

青沼英二=『ゼルダの伝説 時のオカリナ』以降に発売された『ゼルダ』シリーズの全作に関わる。任天堂情報開発本部 制作部に所属。

※2

手塚卓志=『スーパーマリオ』シリーズや『ヨッシー』シリーズ、『どうぶつの森』シリーズなど、数多くのゲーム開発に関わる。任天堂情報開発本部 制作部部長。

宮本

なるほど。
えーっと、どこからお話しましょうか・・・。
もともと僕は、FPS(ファースト・パーソン・シューティング)(※3)のような
主観視点で3D地形を自由に歩けるゲームが好きなんです。

※3

FPS(ファースト・パーソン・シューティング)=海外ではファースト・パーソン・シューターと呼ばれる、シューティングゲームの一種。3D空間を自分視点でプレイするのが特徴。

岩田

それはどうしてなんですか?

宮本

そのほうが当たり前というか、自然だと思うんです。
僕らは普段、足下を見ないで歩き回って、
きょろきょろとまわりを見渡しながら生活しています。
だから、ゲームをするときも、3D地形のなかに入って、
そこに自分がいるかのように、自由に歩き回るようなことは、
とても自然なことだと思っていて、
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(※4)をつくろうとしたときも、
主観視点のゲームにしようと言っていたくらいなんです。

岩田

『時のオカリナ』が主観視点ですか!?

※4

ゼルダの伝説 時のオカリナ』=『ゼルダ』シリーズで、初めて3D化された。ニンテンドウ64用ソフトとして、1998年11月発売。

宮本

ビックリされるだろうと思っていました(笑)。
ハイラル平原のような広い地形を眺めるには、
主観視点のシステムが最適だと思っていたんです。
それに、主人公の姿を画面に映さないことで、
敵やまわりの環境にパワーを振り分けることができますし。

岩田

ニンテンドウ64の時代は、ハード性能の制約上、
そういったことを意識しないといけなかったですしね。

宮本

だから、最初は主観視点でつくるつもりだったんですけど、
こどもリンクのアイデアが生まれてきて、
主人公の姿を見せる必要が出てきたんです。

岩田

なるほど。主人公の姿が画面に映らないと、
おとなリンクとこどもリンクの区別がつけにくいですからね。

宮本

それと、かっこいいリンクの顔が見えないともったいないですしね(笑)。
そういった理由があって『時のオカリナ』では
主人公の姿を見せるようにしたんですけど、
元々、自分の視点で操作することのできる
FPS系のゲームはおもしろいなあとずっと思っていまして、
ニンテンドウ64でも『ゴールデンアイ 007』(※5)などを
積極的に進めました。

※5

『ゴールデンアイ 007』=4人対戦も可能な3Dガンアクションゲーム。ニンテンドウ64ソフトとして、1997年8月発売。

岩田

宮本さんのように、おもしろいという人がいる一方で、
FPS系のゲームをとても苦手に感じる人たちがいますよね。
とくに日本では、そういった苦手意識を持つ人が多いと思いますが、
それはどうしてだと思いますか?

宮本

その理由は、実はよくわからないんです。

岩田

わたしは必ずしもそうは思っていないのですが、
日本人と西洋人とでは3D空間の把握能力が違うから、
といった意見もあったりしますよね。
狩猟民族は空間の把握が得意だけれど、
農耕民族はそうじゃないみたいな。

宮本

だから、僕の先祖は狩猟民族だったんかなって(笑)。
あ、誤解のないように言っておきますと、
僕は本格的なFPSの名手でも何でもないんです。
人と対戦すると、多分あっという間にやられちゃうと思いますし。
けど、自分でやってみて、本当におもしろいと思ってるんです。

岩田

宮本さんはいつもそうですけど、
根源的におもしろいと思うことに関心があるんですね。

宮本

ははは、分かりやすいでしょ!

岩田

「毎日体重を量って、それを記録するだけでもおもしろい」
という信念があって、その結果『Wii Fit』が生まれたように、
FPSというゲームジャンルも、
宮本さんの“センサー”にピピッと反応しているんですね。

宮本

単純な構造でおもしろいものには、国境がないと思ってるんです。
そう考えて、これまでゲームをつくってきましたし。
たとえば『Wii Sports』をつくったときも、
アメリカの人たちから、「こんなシンプルな画面のゲームは
アメリカでは売れるわけがない」と言われてきたんですけど、
いざ発売してみたら、日本よりもアメリカのほうが
勢いがあったくらいなんですよね。
そういう現象を目の当たりにすると、
実は、おもしろいことに対する興味については、
西洋も東洋も違いがないんじゃないかと思ってるんです。

岩田

そこで、FPSのおもしろさを多くの人に伝えるために、
『リンクのボウガントレーニング』をつくったと。

宮本

そうなんです。

岩田

でも、「日本でFPS人口を増やしたいから」と言われると
納得できるんですけど、
FPS人口がとても多いアメリカでも発売しましたよね。

宮本

アメリカでも、日本と同じように
昔はゲームをやっていたけど
いまはやっていないという方や、
FPS系のゲームを苦手だという方たちもいらっしゃるんですよね。

岩田

たしかにわたしは、FPSが大の苦手だという
アメリカの記者から取材を受けたことがあります(笑)。

宮本

そもそもFPSって、
もともとはシューティングゲームだったわけですよね。
スクロールをしなくて、平面で遊べた頃は、
みんな、この手のゲームが大好きだったと思うんです。

岩田

子どもだからとか、大人だからとか関係なく、
誰もがシューティングを楽しんでいた時代がありましたよね。
実際、『リンクのボウガントレーニング』を触ると、
夜店で遊んだコルク鉄砲を思い出したという人もいました。

宮本

遊園地に行くと、射的で遊んだりしますよね。
ウエスタンのような町がつくってあって、
岩陰からピョコッと出てきた的を撃ったりして、
遊び自体はとてもシンプルなんですけど、
やってみるとすごく楽しいんですよね。
ところが、ゲームの世界では、
どんどん複雑になってしまって、
手軽に楽しめそうには見えないものに
なってしまったんです。

岩田

ニンテンドウ64の時代に、『ゴールデンアイ 007』が出てきて、
日本でもFPSのジャンルが普及するような手応えがありました。
実際、アメリカではその後どんどん盛り上がっていきましたが、
その一方で、日本ではゲームを楽しまれる多くの人達に
あまり普及が進まなかったように思います。

宮本

アメリカでは、PC向けにいろんなタイプのFPSが出ていて、
それがどんどん家庭用ゲーム機に移植されていきました。
ところが日本では、FPSを楽しむ土壌ができていないところに、
いきなり高度なゲームが出てくるようなことが起こってしまって。
おもしろいFPSを続けて出すことのできなかった
僕らにも責任があるんですけど・・・。

岩田

シンプルなシューティングと高度なFPSとの間に、
とてつもなく深い谷ができてしまったんですね。
その谷を渡れば、FPSのおもしろさに出会えるかもしれないのに
たくさんの人たちが、どうやって渡れば良いのか分からないイメージですね。

宮本

だから、架け橋のようなソフトをつくる必要性を感じて、
『リンクのボウガントレーニング』をつくりました。
Wiiリモコンにはポインターがついていますので、
快適にFPS系のゲームを遊ぶことができますしね。

岩田

ちなみに、脳を鍛えたり、英語の勉強をするわけでもないのに、
どうしてタイトルに『トレーニング』とつけたのですか?

宮本

『リンクのボウガン教室』だと変ですよね(笑)。
FPSの入門ソフトとしての位置づけがありましたので、
『はじめてのWiiザッパー』というタイトルも考えたんですけど、
『はじめてのWii』と混同されては困りますし。
それに、たとえば『ゼルダの伝説 幻のボウガン』みたいに、
『ゼルダ』の世界観でつくられた、続編のようなタイトルにすると、
壮大なストーリーが楽しめるんじゃないかと
誤解をされても困りますので、
あえて『トレーニング』というタイトルにしました。

岩田

そういう話を訊くと、
「ゲームとしての奥深さはどうなの?」という声が聞こえてきそうですが・・・。

宮本

そこはやっぱり『ゼルダ』チームがつくってますから(笑)。