5. アイデアひとつで、空へ、地上へ

中郷

先ほど、手塚さんが
最初は「陸・海・空を舞台に」という話をされましたけど、
実は「空」がなくなりかけたことがあったんです。

岩田

あの空のステージがなくなりかけたんですか?

手塚

ええ。空のシーンは
雲に乗ったマリオが出てくることになっていて、
途中までつくっていたんです。

中郷

ところがメモリの関係もあってやめたんです。
ところが、手塚さんには
「空」に対する熱い想いがあって、
ツルで復活することになったんです。

岩田

ツルを考えたのは手塚さん?

手塚

はい。「ジャックと豆の木」みたいなことが
『スーパーマリオ』でもできないかなと思ったんです。
そこで、「豆の木を登っていったら、
空の世界に行けるようになるといいね」と、
ただそれだけの話を僕がしたんです。
すると、そのアイデアを宮本さんが拾ってくれて、
→ブロックを叩いたらツルが出てくる仕様に
まとめてくれたんです。

岩田

まさに共作なんですね。

中郷

ところが、空に行ったはいいけれど、
どうやって降りるかという問題が新たに発生しまして。

手塚

空の面から下に降りる手段がないので、
最初は飛び降りるようにしようと。
でもふつうは、
自分から飛び降りようなんて思いませんよね。

岩田

飛び降りるとミスになっちゃいそうですから(笑)。

手塚

そうなんです。
それで、みんなですごく悩んだんですけど
若いスタッフがいいアイデアを思いつきまして。
空中にコインを置いておけば・・・。

中郷

飛びつくだろうと(笑)。

岩田

あははは(笑)。

手塚

いまから考えると何でもないことなんですけど。

中郷

でも、コインを置けば
コインにつられて飛びついて、
みんなちゃんと地上に戻れるようになったんです。

岩田

空中のどんなに高い場所でも、
そこにコインがあって、それに飛びついたら
悪いようにはされないという信頼が
『スーパーマリオ』にはあるんですよね。
そういったことを、もしイジワルな人たちがつくると、
プレイヤーをおとしめるために、
コインを置くようなことをするかもしれないですし、
そうすると、いくら欲しいコインがそこにあっても
飛びつこうとはしませんよね。
だけど、『スーパーマリオ』の場合は
「飛びついて悪いようにされるハズがない」
という信用があるから、
遊んでくださるお客さんたちは
迷うことなく地上に戻ることができたんですね。

手塚

はい。

中郷

だから、開発中は
「お客さんを裏切ってはダメ」という話をよくしていました。

手塚

「せっかく苦労してこんなところまで来たんやから、
何か仕込んでおかないと、かわいそうや」とか・・・。

中郷

そんなことも言ってましたね。
それに「気持ちよくないことはやめよう」ということも。

岩田

「裏切らない」と「気持ちよくないことはしない」というのは
シリーズを通して、徹底してつくられてる印象がありますよね。
でも、ファミコンの時代ですから
いろいろ制約が多くて、試行錯誤も多かったんでしょう?

中郷

もちろんそうです。
たとえば、画面に表示するグラフィックは、
256個のパーツで、すべてを表現しなければいけませんでしたし。

岩田

そうなんですよね。
のちに、新しいICができて、
使えるパーツは増やせるようになりましたけど、
『スーパーマリオ』の頃のファミコンは
全部で8×8の部品が、256種類しか
カセットのなかに入れられなかったんですよね。

中郷

そうなんです。
だから、アイテムなんかは
できるだけ小さく収めるようにしたりとか。

岩田

手塚さんは、ノコノコに羽根をつけて
パタパタと呼ぼうと言ったりとか(笑)。

手塚

(笑)

中郷

雲と草は同じ絵を使って
色だけを変えてみせたりとか。

岩田

雲と草は別のものに見えますけど
実は同じパーツを使っていたんですよね。

手塚

ええ。そういうことを
考えるのが面白かった時代でしたね。

中郷

キノコとかフラワーにしても、
パーツを節約するために
片方の半分しか描いてなくって、
それを反転させて表示しているんです。

岩田

だからシンメトリーなんですね。

中郷

星もそうですね。左右対称です。
半分しかパーツを使っていなくても、
2倍の大きさになるというメリットがあったんです。

岩田

そうしたのも
すべてはパーツの節約のために。

手塚

そうです。
そうやって節約しながらいろいろつくったんですけど、
最後の最後で→クリボー をつくることになりまして。

岩田

ええっ!クリボーは最後なんですか?(笑)

手塚

はい。あんなメインで使ってるのに、
実は最初はノコノコしかいなかったんです。
で、実際に人に遊んでもらうと
最初の出会うのがノコノコだと
ちょっと難しいという話になったんです。

岩田

ノコノコは2段構えでやっつける敵ですからね。

手塚

そこで、踏むだけでカンタンに
1度で倒せる敵がほしい、ということになりました。
そこで、最初に遭遇するのは、クリボーでしょうと、
最後の最後でつくることにしました。

中郷

ところがクリボーをつくることになったとき、
使えるパーツがほとんどなかったんです。

手塚

しかも敵ですから
キャラクターの動きも必要になるんです。

中郷

そこで、左右を反転させたら
歩いているように見えるものにしようということで、
クリボーの体はちょっと斜めになってるんです。

岩田

なるほど、2枚絵なんですね。

中郷

2枚絵でトコトコ歩くように見せたんです。

岩田

ところでクリボーが
キノコと似ているのは偶然ですか?

手塚

あれ、“しいたけ”なんですよ。

岩田

“しいたけ”なんですか(笑)。
“くり”じゃないんですね。

手塚

はい(笑)。

岩田

それにしても・・・
(しみじみと)クリボーはいちばん最後にできたんですか・・・。

手塚

ふふふ(笑)。

岩田

これはけっこう衝撃です。
これもわたしは知りませんでした(笑)。