2. キーワードは「広告の再定義」

岩田

ここまで読んだ人は
たぶんクエスチョンマークだらけだと思うんです。
「この人たち、何をしゃべっているんだろう?」と。

一同

(笑)

岩田

きっとそんな感じだと思うんですけど(笑)。
別府さんはどうやって電通さんと出会ったか、
まずその話から訊かせてもらえますか?

別府

そもそものはじまりは
『テレビの友チャンネル』(※3)のご提案を
電通さんからいただいたことがキッカケです。

岩田

『テレビの友チャンネル』は
Wiiチャンネルで見られるテレビ番組表ですね。

※3

『テレビの友チャンネル』=Wiiチャンネルのひとつ。登録した地域の1週間先までのテレビ番組表が見られる。気になるテレビ番組にスタンプしておけば、番組がはじまる30分前にお知らせメールを受け取れるなど、さまざまなサービスが受けられる。

別府

はい。
で、最初にご提案をいただいたとき
その番組表に広告枠が入っていたんです。
そこで、お客さんが見たいのはテレビの番組表であって、
広告は見たいものではないのではないか?と。
だから、「広告は入れないでほしい」
というお話をさせていただいて。

岩田

広告会社の人にヒドイこと、言いますね(笑)。

別府

(笑)。
かつてわたしは
広告会社で働いていたこともありますので、
ここに広告を入れたい気持ちはすごくわかるんです。
電通さんにとっては、広告を入れることで
その番組表によるビジネスが成り立つわけですし。
でも、任天堂としてはそういうことはやりたくないと。
そこで「もう話にならないですよね」
ということになりかけたんです。

岩田

企画が破綻しかけたんですね。

別府

ええ。
そこで「無理やり見せるものじゃなくて、
お客さんご自身が選んで見ていただけるような、
本当に見たいと思うものを提案する広告であれば、
任天堂としても可能性はゼロではないかもしれません」
という話をしたんです。
つまり、広告をエンターテインメントにしたい、
ということなんですが、
そういう条件を出すと、驚いたことに電通さんから
「それを真剣に考えるプロジェクトをやらせてほしい」
という提案をいただいたんです。
これが、そもそものはじまりなんです。
そこで、ここにいる湯川さんも
そのプロジェクトチームに参加することになりまして。

岩田

湯川さん、そのプロジェクトに参加することになったとき
どのように声がかかったんですか?

湯川

電通時代の上司であるテレビ局長から
「お前、ゲームが好きか?」と(笑)。

岩田

突然「ゲームが好きか?」と、
そう聞かれたんですか(笑)。

湯川

僕は2つ返事で「大好きです」と答えたんです。
そしたら「ひとつお前にミッションを与える」と。

岩田

じゃあ、もしそこで、
「ゲームは嫌いです」と答えていれば、
ここには座っていないんですか?

湯川

たぶん座ってないんでしょうね(笑)。

岩田

(笑)

別府

それで、湯川さんを含む
4人の電通の方たちと交渉することになりまして、
まず最初に『テレビの友チャンネル』に
広告を出さないことを決めました。
その代わりに、“広告をエンターテインメントに”
というキーワードで
新たな企画をいっしょに考えることにしたんです。

岩田

それはつまり、
お客さんが自分から進んで見たくなるような広告を
いっしょに考えようということなんですね。

別府

はい。
プッシュ型で見せられるものではなくて、
お客さんがわざわざ見たくなるような広告です。

岩田

カンタンに言いますけど
そういうことって、実現するのはカンタンじゃないですよね。

別府

ええ。だから、はじめて3ヵ月半くらいの間、
ほとんどかみ合わないミーティングが
毎週のように続きました。

岩田

湯川さん、こんなにかみ合わない人と
よくも毎週会う気になりましたね。

別府・湯川

(苦笑)

湯川

わたし自身、電通で18年間働いてきましたけど、
「企業さんにとって、いい広告とはこうですよ」
という考えがしみついているんですね。
広告の先にはお客さんがいるのに、
広告主さん第一主義にどっぷり浸かっていたんです。
ですので、そこからアタマを切り換えるのに
3ヵ月半くらいは必要だったのかもしれません。

岩田

お客さんのほうに視点を切り換えるのに
それくらいの時間が必要だったんですね。
それで、3ヵ月半して、湯川さんのアタマのなかは
すっと切り換えることができたんですか?

湯川

ちょっとしたキッカケがありまして。
わたしはゲームが本当に好きですので
実は任天堂以外のゲーム機も持ってるんです。

岩田

当然ですよ。
ゲームがお好きなら、いろんなゲーム機で
ゲームを楽しんでみたいでしょうからね(笑)。
うちの社員だって、そういう人が多いと思いますよ。

湯川

で、家でそれをやってると
妻がとても不機嫌になりまして、
「ゲームはそろそろやめて」とか言うんです。
ところが、Wiiをやってるときだけは
いっしょに楽しんでるんです(笑)。

岩田

奥さんはもともとゲームをしない人なんですか?

湯川

はい。
妻のようにゲームがぜんぜん好きじゃない人が
Wiiというゲーム機をキッカケに
心を開いていく瞬間を目の当たりすることができたんですね。
自分の興味のないことでも
興味を持つような光景を身近なところで体験して、
「そもそも広告とは何だろう?」と考えるようになったんです。

別府

そこで電通さんから“広告を再定義する”
というキーワードが出てきたんですよね。

湯川

はい。

別府

その少し前に、任天堂が世界で
ひとりでも多くのお客さんに遊んでいただくために、
ゲームを再定義するという・・・。

岩田

わたしが使っていた表現では、
“ゲームの定義を広げる”
という言い方をしていましたね。

別府

はい。
任天堂は“ゲームの定義を広げる”と。
電通さんは“広告を再定義する”と。

湯川

見させられるものじゃなく、見たいものにしようと。

岩田

だから『Wiiの間』の原点は、
テレビのCMのように
番組と番組の間でプッシュして見せるいまの仕組みから、
お客さんがわざわざ選んで見たいものに変えようと。
それを実現するためには、どういうものがいるか、
それを考えることからはじまったと言っていいんですね。

湯川

そうです。

別府

3ヵ月半かけて
「広告をわざわざ見たいものにする」というところまで
しっかりと共有することができたんですけど、
じゃあ「具体的に中身はどうしよう?」というのが、
次の苦しみだったんです。
お客さんが目にするインターフェイスを
いったいどんなものにしたらいいのかと、
これも3〜4ヵ月かかってしまいました。

岩田

前例のないことを考えるわけですから
そうカンタンにできるものではないですからね。

別府

はい、なかなか形にならなくて・・・。
そこで、話をしているうちに
“家族”や“日常生活”というコンセプトが明確になり、
そのインターフェイスとして、
“お茶の間”と“カレンダー”の2つが出てきたんです。

湯川

そうでしたね。
確か“カレンダー”のほうが先でしたね。

別府

そのとき“カレンダー派”と
“お茶の間派”の2つに意見が分かれたんです。

湯川

“カレンダー”はツールで、
“お茶の間”は空間だと思うんです。
そこで、コンセプトに“絆”が加わり
“家族・生活・絆”
を軸に考えていくことにして、
ようやくスタートラインが定まったという形でしたね。