社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.4 『Wii Sports』編

第2回 「あれをリアルにしようと言う人いましたっけ?」

岩田 『Wii Sports』と「似顔絵チャンネル」は、
ものすごく相性がいいですよね。
まったく別のものとして開発されていたとは思えないほど。

江口 そうですね。
「似顔絵チャンネル」で作った「Mii」を
キャラクターに使うことによって、
5つのスポーツゲームにズバッと芯が通ったような感じでした。
むしろ、Miiのよさをわかってもらうために
『Wii Sports』をこういうふうにまとめたようにさえ感じます。

岩田 本体内蔵の機能として「似顔絵チャンネル」とMiiが組み込まれる前、
『Wii Sports』のキャラクターを
どうするかということについては、
いろんなことがずいぶん話し合われていましたよね。

江口 はい。まず、Wiiの大きなコンセプトとして、
「家族の誰にとっても関係のあるものであってほしい」
ということがあったものですから、
やはり、何かしらの形で、自分や家族の誰かを
象徴するような存在であるべきだろうと思いました。
いちばんいいのは、その人に似ているキャラクター。

岩田 当初は、デジカメで写真を撮ってもらって、
そのデータをSDメモリーカード経由でWiiに取り込んで、
それをキャラクターの顔に貼って……
というようなことまで真顔で語られていましたね。

江口 でも、実際には、よっぽど慣れてる人以外は
あまりそういうことはやりませんよね。
いくら家族の誰かを引き込もうと思っても、
最初にやってくれる人がいない場合は引き込みようがない。
だから、自分を象徴するキャラクターを作るにしても、
誰かが、つい試してみたくなるようなものじゃないと
ダメだろうということがあって。
で、ちょうどそのころに、
宮本(茂)さんから「こけし構想」の話があったんです。

岩田 こけしのような「自分」を
いくつものゲームに登場させようという構想ですね。

江口 はい、ずっと宮本さんはそれを言ってましたから。
また、それとは別に、試作品の段階では
まったくデザインがされていないシンプルな
それこそ「こけし」のようなキャラクターが動いていたんですね。
で、太田さんをはじめとして、試作品を遊んだ人の中から、
「『これが自分だ』という気持ちがあるんです」
という意見がたくさん出ていたんです。

太田 試作品の段階では、キャラクターというのは
装飾のない、本当にシンプルなモデルを使っていたんですよ。
というのも、もともとぼくらは
デザイナーさんのいないグループでしたから。

岩田 ああ、なるほど。
プログラマーだけのグループだから、
デザイナーがいないんですね(笑)。

太田 そうなんですよ。
そのシンプルなキャラクターで遊んでみて、
すごく「自分が遊んでる」という感じがしたんですよ。
一度、試しにキャラクターにマリオを使って
遊んでみたこともあったんですけど、マリオだと、
ぼくがそこでテニスをしてるんじゃなくて、
マリオをうまく操作してマリオがそこで遊んでいる
という感覚になってしまうんですね。
ところがシンプルなモデルを使うと、
「こけし」が遊んでるんじゃなくて
ぼくが遊んでいるという感覚がすごくあったんです。
ただ、さすがにただの「こけし」だとちょっと寂しい……
というところで、ニンテンドーDS用に開発されていた
似顔絵ソフトが出てきたんです。

岩田 「似顔絵チャンネル」のときにも話しましたが、
ニンテンドーDS用の試作品の中から私が見つけて
宮本さんに見せに行ったことから
一気に話が広がっていったんですよね。

江口 はい。最初のころは、
Wiiの本体機能に「似顔絵チャンネル」を作るというのではなく、
『Wii Sports』のプレイヤーキャラクターを
それで作ろうということで進んでいたんですけれど、
話していくうちに、これはゲームソフトに組み込むよりも
Wii本体にそれを作る場所があったほうがいいということで
あっという間に「似顔絵チャンネル」の話が進んでいったんです。

岩田 幸運な出会いがここにもあったということですね。
そこに至る流れという意味でいえば、
山下さんが昔関わっていた『タレントスタジオ』も外せません。
山下さん、どういうものだったか説明してもらえますか。

山下 はい。『タレントスタジオ』というのは64DDという、
ニンテンドウ64のアタッチメントハードウェア用に
開発されたソフトだったんですけれど。
64DD用のソフトに、『マリオアーティスト』シリーズという
プレイヤーがいろんなものを
自分で作ることができるシリーズがあったんです。
具体的には、絵を描く『ペイントスタジオ』、
3Dのモデルを作る『ポリゴンスタジオ』、
そして、人、というかキャラクターを作っていく
『タレントスタジオ』という3本のソフトです。
その『タレントスタジオ』にぼくは関わっていたんですけれど
まあ、その……たいへんに苦労しまして。

一同 (笑)

山下 当時から、すでに写真を取り込む仕様もありました。
といってもSDメモリーカードなんてありませんでしたから、
ゲームボーイ用のポケットカメラを使って撮って、
キャプチャーカセットというものを64DDに挿して、
というかなり大がかりなものだったんです。
その仕組み作りにももちろん苦労したんですけど、
いちばん悩んだのは、せっかく作ったそのキャラクターを
どういうふうに遊びに活かすのかということでした。
それはもう、いろいろと試してみたんですけど、
キャラクターを使ってちょっとしたミニゲームをやらせてみたり、
あの、玉に乗って移動させるやつ、なんて言うんでしたっけ?

岩田 「玉乗り」でしょう。

山下 ああ、玉乗り! 玉乗りをさせてみたり。
最終的にはムービーモードというのをつけて
そこでキャラクターを活かすようにしたんですけど、
けっきょく、ゲームにはうまく活かせなかったんですね。
で、いま振り返ってみると、当時新人でしたし、
正直、すごく苦労した思い出として残ってるんです。
あ、もちろん楽しいこともあったんですけど……。
ですから、Wiiで「似顔絵」の話が出たときに、
もう、「ドキッ!」と、胸にこみ上げるものが……。

一同 (笑)

山下 最初だけはドキドキしたんですけれども、
Wiiのコンセプトを含めて話を聞くうちに、
ああ、なるほどと納得しまして。
というのも、『タレントスタジオ』を作っていた10年前には
「家族をつなぐ」というような
コンセプトがありませんでしたから。

岩田 10年前は、単に、
「ゲームの中に出てくる人を作るのはおもしろそうだぞ」
ということで開発がスタートしたんですよね。

山下 はい。もう、3Dの絵が作れて、
動かせるというだけでうれしいような時代でしたから。
それが10年経って、いろんなものが削ぎ落とされて、
大事なものだけがWiiに受け継がれたような気もします。

岩田 『タレントスタジオ』のときに得た教訓は
今回の開発にもどこかで活きていますか?

山下 あると思います。
『タレントスタジオ』の反省点のひとつに、
いろんなタッチを欲張りすぎた、というのがあるんです。
つまり、似顔絵的なことをやろうとすると、
ものすごくいろんなことをやりたくなるんですよ。
リアルな似顔絵も描きたい、マンガ風にもしてみたい、
アメコミみたいなタッチでも作ってみたい、という感じで。
で、10年前は仕上がりがバラバラになってしまった。
手間もずいぶんかかってしまいましたし。
ですから、今回『Wii Sports』で似顔絵をやるというときも
「タッチを整えないと終わらないですよ」
というふうに、かなりみんなに言っていて。
そんなときに、あのニンテンドーDS用の
似顔絵ソフトが紹介されたんですけど、
もう、見た瞬間に、「あ、これです! まさに完成形!」と。

一同 (笑)

岩田 実際に作った似顔絵のキャラクターが
ニンテンドーDSの中で動くところまでできていましたから、
ものすごく説得力がありましたよね。

山下 はい。ものすごく。

岩田 あの時点ですでにソフトが動いていて、
みんながそれを見て、
「あ、これならいけるわ」と思わなかったら、
たぶんあんなに一気に収束してないですよね。

山下 「こけし構想」自体は、
宮本さんが昔からずっとおっしゃってたんですけど、
なかなか結論が出ないままになっていたんですよね。
どうやってどこまで作ったらいいのかがわかってなかった。
そういえば、『タレントスタジオ』のあとに
『マネビト』というのもありましたし(笑)。

岩田 ああ、『マネビト』も、そういうソフトでしたね。
これは嶋村さんかな? 説明をお願いします(笑)。

嶋村 うわぁ、まさか『マネビト』の話が出ると思わなかったです。
なにしろ、世の中に出てないソフトなので(笑)。
ええと、『マネビト』というのは、
いま山下さんがおっしゃっていた『タレントスタジオ』と
同じような流れの中にあるゲームキューブ用のソフトで、
いちおう、『ステージデビュー』という正式名で
ショウに出展もしていました。
やっぱり、自分に似たキャラクターを作るソフトなんですけど、
『タレントスタジオ』よりも、作ったキャラクターを
カスタマイズすることに重点が置かれていました。
それこそ、洋服やアクセサリーを何百種類も選べるようなもので、
そうとう細かく作り込めたんです。
でも、最終的には発売されなかったんですけど、
やっぱり大きな課題だったのは……その……
できたキャラクターを使って、何をするのかというところで。

一同 (笑)

嶋村 その、よく似た人を作って、それで終わりだったんですね。
で、遊んでもらった人に感想を聞くと、
「これをどうするの?」という声が多くて。

岩田 『タレントスタジオ』と同じ壁に当たったわけですね(笑)。

嶋村 はい。ですからぼくも、『Wii Sports』で
似顔絵をやると聞いたときは、「ドキッ!」と。

一同 (笑)

岩田 つまり、作ったキャラクターを使って
どう遊ぶかという可能性はいろいろあるんだけど、
いろいろあるがゆえに絞りきれず、
答えが見つけられないままに時間が過ぎてたんですね。

嶋村 そうですね。
ちっちゃなミニゲームがいっぱいあっても
すぐに飽きられてしまって、
せっかく作ったキャラクターが
活かされないということはわかってましたし。
それが今回ようやく『Wii Sports』できちんとした
「場」を与えられることになって。
しかも、ゲームの中で、自分の分身として
プロテニスプレイヤーのような経験もできる。
浅いミニゲームのようなものではなくて、
しっかりとしたゲームの中で自分が動いているのが
こんなにうれしいことだとは思いませんでした。
単純にいって、感情移入の度合いがものすごく違うんです。

岩田 あの「こけし」のようなキャラクターでも、
ものすごく自分を感じることができるんですよね。
みなさんにあらためてうかがいますけど、
あの、リアルさとほど遠い「こけし」に
「これじゃ、あまりにシンプルすぎるんじゃないか?」という
不安はありませんでしたか?

江口 あれをリアルにしようという人いましたっけ?
……うん。誰もいなかったですね。

太田 ぼくは「こけし」のまま行きたかったですから。
開発中、試しにマリオを乗せてみようか、
というときはすごくドキドキしてたんですよ。
「こけし」じゃなくなったらどうしよう、と思って(笑)。

山下 「こけし」はシンプルかもしれないけど、
頭の中で補完されてリアルになるんですよね。
『Wii Sports』の野球では、守備のモーションのとき、
足や腕のオブジェクトを表示していないんですよ。
それでも、動きの中で見ると、すごくリアルに感じる。

嶋村 あと、ベースがあのシンプルなキャラクターだからこそ、
「似顔絵」とマッチしたという部分もありますよね。
もともと全体が大きくデフォルメされたモデルですから、
たとえば目と眉毛のあいだをちょっと空けただけでも、
「あ、これは山下くんだ!」ってなるんです(笑)。

江口 そういう、よく知っている人がキャラクターとして
見事にテニスや野球をしていたりすると
おもしろいんですよねぇ。

嶋村 やっぱりみんな、まわりの人を作るんですよね。
けっきょくそれが一番おもしろいんだな、と思って。

山下 そういえば先日、モニターとして
ある家族全員に『Wii Sports』をやってもらったんですよ。
で、いちおうその家族全員のMiiを事前に作っておいたんですが、
すごく喜んでもらえました。
とくに、野球の守備で、おばあちゃんが
ファインプレーをしたときの盛り上がりがすごかった!
「おばあちゃん、すごい!」ってみんなで言ってて。
そういうことも起こるのかなあとは思ってましたけど、
想像以上の反応でしたね。


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