社長が訊く
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社長が訊く『Wii U』

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社長が訊く『Wii U』

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Nintendo TVii篇

目次

1. 「どこからがウェブ?」

岩田

「いつもテレビの隣にあって、
 インターネットにもつながるWii Uを、
 テレビをより楽しく見るために使えないか?」
という想いから生まれたのが、
今回お話を訊くWii Uの標準機能として搭載されている
テレビ番組ガイド、『Nintendo TVii』です。
では自己紹介からお願いします。

織田

環境制作部の織田です。
今回、『Nintendo TVii』のディレクションを担当しました。
ちょうど2年前(2010年)の今頃から
プロジェクトがスタートしていました。

神川

同じく環境制作部の神川です。
わたしは去年(2011年)の1月頃から
プログラマーとしてチームに加わって、
おもに技術面のディレクションを担当しました。
今回、わたしたち以外にも、ネットワーク事業部の
東京ネットワークシステム開発グループのメンバーも
一緒に開発を行いました。

岩田

はい、よろしくお願いします。
じつはこの『Nintendo TVii』の構想は、
Wii Uのわりと早い開発段階からあったものの、
具体化までかなり時間を費やしているんです。
というのも、放送されているテレビ番組の内容も
テレビの見られかたの文化も、国ごとにまったく違っていて、
世界共通で同じサービスを提供することができないからです。
 
そんな状況で、織田さんがこの企画に携わることになって
最初にはじめたことは何でしたか?

織田

自分の中でのはじまりとしては、
「テレビという完成されたモノに寄り添う、
 理想のコンテンツとは何か?」
ということを考えることからでした。
「人がどうテレビに接して、何が楽しくて、
 どのように媒体を受け入れてきたか」
という分析をゼロから行っていき、
企画段階ではいろんなことを考えたんですが、
最初は形にできず、四苦八苦していました。

岩田

最初から答えが決まって、
2年間走ってきたわけではなくて、
いきなり迷いの森に
入り込んでしまった感じでしたよね。

織田

まさにそうでした。

岩田

比較文化論みたいな話になりますが、
日本と海外のテレビの見られかたの違いを、
簡単に説明してもらえますか?

織田

はい。まず日本はみなさんご存じのとおり
地方ごとに差はありますが、
地上波の放送が、最大7、8局程度あって、
それがテレビ視聴の多くを占めているのですが、
海外のテレビは、数十~数百チャンネルもの
膨大な局数からなっていることが多いんです。

岩田

アメリカでは、ケーブルテレビがとても広く普及しているので、
多くの家で、日本でいうところのCS放送(※1)
多チャンネル契約している状態みたいになっている
というようなことですかね。
ちょっと強引なたとえですが(笑)。

※1
CS放送=CS(通信衛星)を使った衛星放送の総称。

織田

そうですね。たとえばアメリカでしたら、
スポーツひとつとっても、
チームごとに全戦を放送するチャンネルがある、
みたいな感じです。

岩田

専門化、細分化が、日本の比ではないんですよね。
あと、VOD(※2)サービスの普及も、
日本とはずいぶん違いますよね。

※2
VOD=ビデオ・オン・デマンドの略称。インターネットを介して映像コンテンツのストリーミング配信を行い、ユーザーが見たい時にそのコンテンツを視聴するシステム。

織田

はい。個人の方のテレビへの向き合いかたも
まったく異なっていて、
日本ではどちらかというと受け身で、
リビングやお茶の間で、みんなで楽しむ文化ですが、
アメリカでは個人の嗜好別に番組が細分化され、
ニーズがしぼられた文化になっているんです。

岩田

だから日本のテレビで、
「何か面白いものはあるかな?」と
ザッピング(※3)して選ぶ感覚は
アメリカではあり得ないんですよね。
チャンネルが多いのでキリがなくなってしまうわけで(笑)。

※3
ザッピング=テレビを見る際、リモコンでチャンネルを頻繁に切り替えながら視聴すること。

織田

そうですね。
それもあって、テレビ案内に対する
アメリカからのリクエストとしては、
「ユニバーサルサーチがしたい」
という要望がいちばん強かったんです。

岩田

「ユニバーサルサーチ」というのは、
キーワードを入れたら、
それに関する番組が、どこのチャンネル、
どこのVODでやっているのかを、
まとめてサーチして
一覧表示してくれるサービスのことですね。
VODごとに個別にサーチすることは、
以前からできたんですけど、
「まとめてサーチして
 すぐにそれが見られる」ことのメリットは、
チャンネルが多くて
VODサービスの普及が進んでいるアメリカでは、
すごく大きいみたいなんですね。なので、
「いっぺんに取得できるサービスにしてほしい」
ってすごく要望されたんですよね。

織田

はい。さらにヨーロッパでは、
まず国が複数あって、それぞれ言葉も違いますから、
そこにひとつのフォーマットで対応するのは
非常に難しいんです。

岩田

織田さんが最初、迷いの森に入ったのは
そんな状況もあってのことなんですが、
ある時期にわたしから、
「日本とアメリカとヨーロッパの
 リクエストはぜったいそろわないんだから、
 仕組みの土台だけ共有することにして、
 それぞれの地域ごとに別々のサービスが実現できるように
 ウェブ系の技術を活用して
 サーバー側でほとんどの処理をやってしまってはどうか」
と言い出したんですよね。

織田

はい。そこで、今回の『Nintendo TVii』は、
ベースは同じくしつつも、各地域の事情に合わせて
別々につくり変えることができるように、
エンジンや実装方法は、
任天堂のゲーム機ではあまり前例のない、
サーバー側にサービスを実装する
やりかたでつくることにしたんです。

岩田

任天堂は、これまで、ゲーム機の側で動いている
クライアント(※4)のソフトウェアをつくり込むことを
得意としてきた会社でしたし、
WiiやニンテンドーDSiショップなど
ウェブ系技術で実装したサービスでは、
使い勝手や操作性が犠牲になっていた経験もしていたので、
このアプローチは、同時に、
「サーバーにおもなサービスを実行させ、
 クライアント側に必要最低限の環境を残して、
 いかに快適に動作させるか」
ということへのチャレンジでもあったわけですよね。
そのあたりは神川さんから
説明してもらえますか?

※4
クライアント=コンピューターネットワークにおいて、サーバーコンピューターの提供する機能やデータを利用するコンピューターのこと。この場合、インターネットにつながった、WiiやWii U、ニンテンドー3DSなどを指す。

神川

はい。今回の『Nintendo TVii』のクライアントは
WebKit(ウェブキット)(※5)を利用してつくっていて、
ブラウザー的なアプリケーションになっています。
実際に表示される画はほとんどが
HTML(※6)ベースでつくられていますので、
ウェブ技術そのものを使って
ページをつくっている形になります。

※5
Webkit(ウェブキット)=appleが中心となって開発されているオープンソースのHTMLレンダリングエンジン群の総称。
※6
HTML=ウェブページを作成するために開発された言語。

岩田

それは普通のブラウザーとは違う、
何か特殊なことをしているんですか?

神川

いろいろと独自に
拡張しているものが多々あります。
たとえば音を鳴らしたりとか、
Wii U独自の機能を使う拡張を施しています。

岩田

Wii Uの操作系を取り込んだ
仕組みもあるんですね。

神川

そのあたりも対応していて、
タッチスクリーンはもちろんですけど、
各種ボタンで快適な操作ができるよう工夫しています。

岩田

わたしはアメリカ版を発表前に
一度さわらせてもらったんですけど、
ウェブ技術を使って動いているとは
ちょっと思えないくらい、
「スムーズで軽快な手ざわりだ」と感じましたよ。

神川

そうですね。マリオクラブ(※7)
デバッグを行っていたのですが、
開始して1週間くらい経ってから
「これ、ネイティブ(※8)ではなくて、
 ウェブ技術でできているんですか?」って
質問されたんです。

※7
マリオクラブ=マリオクラブ株式会社。任天堂の開発中ソフトのデバッグやテストプレイを行う。
※8
ネイティブ=この場合、HTMLエンジンを介さず、直接ハードウェアに命令を送ってプログラム処理・描画しているアプリケーションを意味する。

岩田

ああ、それはつくった側としては
「ニヤリ」とする瞬間ですよね。

神川

はい、ちょっとうれしかったです(笑)。
よく「どこからがウェブ技術なんですか?」って
聞かれるんですけど、
ほぼ全部ということを説明すると、
みなさんおどろかれます。

岩田

「異なる文化すべてに対応するには
 ウェブ技術を活かしたつくりかたしかない」
と言い出した自分自身が、正直、
「ネイティブでアプリを書く場合に比べて、
 柔軟性は得られても
 操作感は多少犠牲になるかもしれない」と
思っていたんです。
でも、ぜんぜんそんなことはなかったわけで、
「それだけ今回Wii Uはパワフルで、
 ウェブエンジンがしっかりチューニングできたんだなぁ」
と感じました。