開発者に訊きました『Nintendo Switch Sports』 企画制作部 担当部長代理 嶋村 隆行 企画制作部 第4プロダクションG 山下 善一 企画制作部 第4プロダクションG 森井 淳司 企画制作部 第4プロダクションG 森井 淳司 企画制作部 第4プロダクションG 岡根 慎治 企画制作部 第4プロダクションG 横山 夏子

2022.5.27

感染症対策を行い、十分な距離を保ってインタビューをしています。

本インタビューはソフトの発売前に実施しています。

90%の判定の「その先」

先ほどWiiで実現していたことをSwitchで実現するのが簡単ではなかった、というお話がありました。そこで、プログラマーの岡根さんにお聞きしたいのですが、具体的にWiiとNintendo Switchでは、どのようなところが違うのでしょうか。

岡根

まず、『Wii Sports』の時はコントローラーとしてWiiリモコン※4があって、
このWiiリモコンで何ができるのかを考えながら
遊びに落とし込んでいったんです。

でもSwitchでは逆でした。
もともと「振り操作でスポーツをする」という遊びの方が決まっていて、
それをJoy-Conというコントローラーで、
どうやって実現していくのかを考えていくんです。
そこがプログラマーとしては試行錯誤が必要でした。

※42006年発売の据置型ゲーム機『Wii』専用/付属のコントローラー。TVリモコンに似た縦型の形状をしており、任天堂が「ゲーム人口拡大」を掲げていた当時、直感的にわかりやすい操作を実現するための設計が注目された。

素人目では、WiiリモコンもJoy-Conも「振る」という行為は同じで、そのためのセンサーも入っているはずだから、すぐにできるのでは・・・と思ってしまうのですが。

岡根

持ってみると
Wiiリモコンは、ある程度、重さも大きさもあるんです。
これでテニスやボウリングをすると、
プレイヤーにとってちょうど良い振り具合で、
自然な操作ができるんですね。

だから、お客さまが「こう持って、こう振るだろう」という
見当をつけやすくて、
プログラマーとしては「どう振られたか」の判定も
比較的やりやすかったように思います。

でもSwitchのコントローラーであるJoy-Conは、
Wiiリモコンよりもかなり小さいですよね。
なので、人によって、持ち方や動かし方にかなり差が出るんです。

確かに、小さいと腕を自由に振りやすいですし、いろんな方向に振ってしまうのは分かります。でも、それが実際ゲーム作りの中にどう影響してくるのでしょうか。

岡根

「こう振ったら、こう反応した」という判定を
プレイヤーが納得するように、実現していくのが難しいんです。

プレイヤーが納得するように? それは、振ったつもりが、振ったことになっていない、といったことが起こらないようにするということでしょうか。

岡根

はい。
それから、「左に振ったつもりが右に行ってしまった」
みたいなこともあります。

作っていくと、「だいたい80~90%くらい思ったように反応する」
という判定なら早い段階で実現できるんです。
でも、最後の最後の、「本当に触っていて気持ちいいな」と思える
自然な体感操作を作るのが、とても難しいんです。

先ほど嶋村さんも山下さんも「世界一誘いやすい体感ゲーム」を目指す、
とおっしゃっていましたよね。
それを実現するために、90%の判定の「その先」が大事なんです。

なるほど。そのあたりは山下さんからご覧になっていて、「その先」の調整まで実現できそうという実感はありましたか。

山下

いや、思っていた以上に大変でした。
というのも、実際に作ってみて、
過去作のプレイ経験がある人たちで遊んでみたら、
あんまり問題なくプレイできたんです。

ところが、いざこのゲームをまったく触ったことがない人を
呼んできて、遊んでみてもらうと、全然思った方向に動かないんです。

「握り方が違う」「振り方が違う」は想像できますが、
「実際のスポーツの動作はこうじゃない!」
みたいなことを言われることもあって・・・

「実際のスポーツの動作はこうじゃない」? それは、どういうことですか?

山下

例えばバレーボールなんですけど
本当のバレーボールって、レシーブをする時には
腕や手首を動かさないんです。
レシーブの構えを取ったら、そのまま手の位置を固定して、
飛んできたボールに、膝を使ってバンッと当てて返す。
これが本来のバレーボールのレシーブのやり方なんです。

なるほど。

山下

でも、バレーボールの経験がないと、
手を振って、腕を上げて
ボールを打ち上げていると思うでしょう?

ところが、バレーボールの開発を担当したプログラマーは
バレーボールの経験者でした。
なので、「本来のレシーブ」の動きを
ゲームでも要求するようにしていたんです。

それで試作をいろんな人に遊んでもらうと、
やはり、多くの人がJoy-Conを持った手を振り上げてレシーブするんですよ。
不思議なことに、バレーボールの経験者の人でさえも。

でも、プログラムは「手を動かさない」ということを
前提に作られているから、
ボールがおかしい方向に飛んでいくんです。

つまり、バレーボールの経験者であるプログラマーが作ったのは、
「手を静止させて角度を決めてレシーブする」
という遊びだったんですが・・・。

そういう遊びだと気づいていないと、上手く操作できなさそうですね。

山下

そうなんです。
その遊び方をわかったうえで遊ぶと、面白いんです。
「おお、本格的! バレーボールらしくていいじゃないですか!」と。

でも、説明せずにみんなでやってみると、ほとんどの人が、手を振ってるんです。
もう、これどうするんだ!?って・・・。

これはもう「振り上げる」というゲームにするしかないぞ、となるんですが
そうなると、担当プログラマーは、
本当のバレーボールの経験者なので、
「それだとバレーボールらしさが失われてしまう」
と懸念していました。

でも、実際にバレーボール経験のある人が遊んでも、手を振り上げてたんですよね?

山下

はい。振ってましたね。
それを考えると何も知らない人がパッと見て、
自然に遊べるゲームにするには、
やはり「手を振り上げてレシーブする」ゲームにするしかない。
・・・ということで、話し合った結果、
動作を認識する方法を全て作り直すことにしました。

本来の動作であるかはさておき、思ったようにボールが飛んだほうがわかりやすいですよね。

岡根

長くじっくり遊び込むゲームなら、
本格的に正しいバレーボールのフォームで、というやり方もあると思います。
でも、短期間でパッと触って楽しさが伝わるのを実現しつつ、
操作説明をしっかり読んでいただいてプレイしていただくのは
難しいだろうな、と思いました。

そういった調整は、バレーボールだけですか? 他の種目にもあったのでしょうか。

山下

スムーズにいった種目の方が少ないですよ(笑)。
企画段階の話だと、もう全種目、何かしらの調整がありました。

例えば、バドミントン。
これは見た目が過去作のテニスと似ているんです。
当時テニスは「振るタイミング」で「打ち返す方向」を決めていました。
早めのタイミングで振ると、左にボールが飛んで行き、
遅めのタイミングで振ると、右へボールを打てるという仕組みです。

山下

それを同じように、バドミントンに落とし込んでみて、
その前提を知らない人に遊んでもらうと、
「振るタイミングで飛ぶ方向が変わる理由が分からん!」
という意見がたくさんあがってきました。

嶋村さんや僕のように過去作の仕組みを知っていると、
振った方向ではなく振ったタイミングで
シャトル(羽根)が飛ぶ方向が決まるとわかっているんですが・・・
その前提を知らずに遊んだ人たちは、
とにかく「しっくりこない」と。

テニスでも実際にJoy-Conを振る方向を認識して、その認識の通りにボールを打つ方向を決めるというのはダメだったんですか。

山下

その方式は、プレイしてみると、すごく難しくて。
振った方向でボールが飛ぶ方向を決めるというのは、
操作が不安定になりやすくて、思った通りの方向に飛ばないんです。
『Wii Sports』『Wii Sports Resort』の開発当時も、プログラマーに
「それだけはやめてくれ」と言われていたくらい。

でも、そんな当時の試行錯誤を知らないスタッフからは
「振った方向でシャトルが飛ぶ方向を認識したい」と提案がありました。

岡根

「こっちに振ったらこっちに飛ぶ」「あっちに振ったらあっちに飛ぶ」って、
バドミントンはそういうスポーツだっていうのはすごくわかるんですけど。
過去作でも何度も試していたので、
それは難しいやつだろうな・・・と思っていました。

山下

技術的に難しいことがわかっているのに、それをやってくれと言うのは、
過去作を経験しているディレクターとしても
「負け」に等しくて、ですね・・・。

だからディレクターは、自然な体感操作になるような方法を
技術じゃなくて、アイデアで解決しないといけないんです。
「それがディレクターの仕事なんですよ!」と言っていたんですけど。

・・・結果的には技術で解決してもらいました。
でも、あれはそう簡単にはできなかったはずです。

当時は技術的にできなかったことを、今作ではどうやって克服したのでしょうか。

岡根

とにかく、いろんな試行錯誤を行いました。
新しい技術だと、
『Wii Sports』の開発当時にはなかった
ディープラーニング※5を試したりもしました。

ディープラーニング?

岡根

例えば
「左に打つつもりで、振ってください」
「今度は、右に打つつもりで振ってください」
というのをいろんな人にお願いして、
何度も何度も繰り返して、大量のデータを取得するんです。

そして、その取得したデータの統計を取って、
「今回の振り方は、きっと右(左)に打とうとしているな。」
という判定をする技術なんですけど、
そうした技術も取り入れつつ、あれやこれやと試して・・・
みんなが納得できるレベルまで近づけようとしました。

※5画像や映像等のデータをコンピューターに大量に取り込み、データの特徴を分析する機械学習の技術。

先ほど山下さんが「すごく難しい」とおっしゃっていましたが、岡根さんは振る方向で飛ばす方向を変えるということを、どう感じておられたんですか。

岡根

難しいと思っていました。
ディープラーニングは優れた技術ですけど、
魔法ではありません。

「プレイヤーが振り動作を始めてから終えるまで」
という十分な長さのデータを取れば、
正しい方向を推定できるかもしれません。
でも、振り終わってからボールが飛び出していくようだと、
手ごたえのよくない、ワンテンポ遅れた感じになってしまいます。

それじゃあと、
振り動作が終わる前に判定してみると、
今度はデータが短すぎて、
正しい方向を推定できなくなってしまいます。

つまり、「正確に判定する」ことと、「体感操作として納得できる手ごたえ」
はトレードオフの関係になっているので・・・

「この辺かな!」「いやこの辺かな?」と、
本当に泥臭いやり方で、
何度も何度も調整を重ねていきました。

でも、その地道な努力の積み重ねで、さっきおっしゃっていた80~90%が100%に近づいていくということですよね。

岡根

そうですね、それで言うと、
90~95%くらいまでの判定は、割とすぐに到達できるんです。
でも、最後の数%が本当に難しくて・・・

例えば、お客さまがバドミントンのサーブをやってみて、
10回中9回思ったようにシャトルを飛ばせても、
1回でも失敗すると、「あれ、操作しづらいな・・・」と思われてしまう。

なので、100%に到達するのは無理だとしても
この最後の数%を少しでも詰める、というのがすごく大事で。

これはもう最新技術で解決できることではなく、
できるだけたくさんの人に触ってもらい、
泥臭い調整をみんなで頑張っていました。

嶋村

調整できているかを確認するために、
毎日200回ずつ、右、左、真ん中って打つんですよ。
もう右腕だけがモリモリで、カニみたいになっちゃって(笑)。

体感ゲームの開発は、モニターも大変ですね・・・。

山下

過去作の続編、そして同じ体感ゲームではあるんですけど、
こんな感じで単なる移植という訳にはいかなかったんです。
すべての種目が、Switchに合わせた形で
一から作り直しに近かったと思います。