2021.10.8

感染症対策を行い、十分な距離を保ってインタビューをしています。

発売後も続く改良はゲーム専用機の宿命

任天堂のものづくりに対する考えやこだわりを、
開発者みずからの言葉でお伝えする
「開発者に訊きました」の第2回として、
10月8日(金)に発売となる
「Nintendo Switch(有機ELモデル)」の
ハードウェア開発をリードした二人に話を訊いてみました。

まずは自己紹介をお願いします。

塩田

任天堂のハードウェア※1開発を担当する
技術開発本部の責任者の塩田です。
私は入社以来、ずっと据置型ゲーム機の開発に携わってきました。

かつて「社長が訊く」というコーナーで、
「Wii」※2「Wii U」※3のお話をさせていただいたことがありますが、
それ以前も据置型ゲーム機の開発には携わっていまして、
実は入社して初めて開発に携わったゲーム機は
「Newファミコン(AV仕様ファミコン)」 ※4でした。

その時に先輩社員の方から、
任天堂のものづくりを背中で教えてもらったように思っています。

山下

技術開発部の山下です。
入社以降いろんな形で据置型ゲーム機の開発に携わってきました。

「Wii」では本体メニューなどの内蔵機能の開発に関わっていましたし、
「Wii U」ではWii U GamePad※5の開発に携わりました。

Nintendo Switchには
ハードウェア開発のマネージャーという立場で関わっていまして、
今回の有機ELモデルでは、
どのような体験をお客さまに提供できるかという、
開発スタッフの提案や意見の取りまとめをしました。

※1ゲーム専用機における本体やコントローラーのこと。

※22006年に発売。Wiiリモコンをコントローラーとした、体感できるゲームが特長の据置型ゲーム機。

※32012年に発売した、TVと手元のWii U GamePadに表示される画面を連携させたゲームを特長とする据置型ゲーム機。

※4「ファミリーコンピュータ」の改良モデル。1993年発売。本体やコントローラーの形状が異なるほか、ビデオ端子出力を可能にする「AV出力」を搭載していた。

※5アナログスティックやボタンの他に、タッチ操作が可能な画面を搭載した「Wii U」専用のコントローラー。

最初に、今回の有機ELモデルを開発したきっかけを教えていただけますか。

山下

もともとNintendo Switchは開発初期の段階で、
ハードウェアのバリエーション展開を検討しており、
いろんな形でNintendo Switchプラットフォームを広げていく構想がありました。
ですので、最初に発売したNintendo Switchも、
どこかのタイミングで新モデルを出したいと考えていました。

しかし、その時はまだ何を新しくするのか、
具体的な機能が全く決まっていなくて、
携帯専用モデルである「Nintendo Switch Lite」の開発を進めながら、
「これから新たに買っていただく方や、買い替えをご検討される方に向けて、
新しいモデルをご提案できるといいな・・・」という思いを持っていた感じです。

塩田

山下さんの言う通り、
私も「Nintendo Switchで新モデルを出したい」という思いを持っていました。
ですが、構想段階では、どんな機能を詰め込みたいのか、
具体的に決めていた訳ではありません。

Nintendo Switchを2017年に発売して以降、
いろんなアイデア出しをして、
技術的な検証をして、その結果が揃ってきて、
ようやく今回の新モデルとして商品の形になって、
発売を迎えられたという流れになります。

そこに至る試行錯誤の中では、
さまざまな技術を検討しましたし、
お客様がNintendo Switchを遊ばれる様子を参考にしながら、
採用するアイデアや技術を決めていったという背景があります。

新モデルの開発にあたって、
最初は何を盛り込むのかを決めていなかったというお話ですが、
盛り込む機能のアイデア出しをされた中で、
それらを選定する基準のようなものはあったのでしょうか。

塩田

Nintendo Switchを発売してから、
有機ELモデルに詰め込むものを決めていく過程では、
Nintendo Switchを遊ばれている世界中のお客さまの反応を参考にしています。

ありがたいことに、Nintendo Switchのコンセプトや体験は、
多くのお客さまに受け入れていただけた実感がありましたので、
それなら
まったく違うものにつくり変えてしまうよりも、
むしろ今の形のままで、
より良い体験をお届けする――つまり、既存の機能やデザインを「磨く」方向で
製品をまとめていったほうが良いんじゃないか、という考えを持ちました。
最終的に、その視点で技術的な取捨選択をしています。

山下

「磨く」方向ということで、
今回は「これまで発売したソフトで使えないような新しい機能は足さない」
ということに気をつけました。

例えば、Joy-Conに新しいボタンや機能を追加しても、
これまで発売したソフトでは、
ソフトを更新して追加で対応を行わないと、
その機能を使っていただくことはできません。

そういった方向ではなく、
いまお客さまに体感いただいている機能を改良して、
より強化していく方が良いと考えました。

機能はそのままに、ゲームをプレイいただく時の体験の満足度をさらに高めていく、
という視点ですね。

塩田

そうですね。

山下

お客さまの反応で「新しい機能や特長が欲しい」とか、
そういった声がなかった訳ではありません。
ですが、大変ありがたいことに、
現状のJoy-Conを使った遊びと、
Nintendo SwitchのTVモード、テーブルモード、携帯モード
という3つのモードの遊びを
広く受け入れていただけた実感がありました。

ですので、そこを変更せずにベースとして、
ゲームを遊ぶ上でより魅力的に感じていただける新しい特長をご提案できれば、
さらに多くの方にNintendo Switchをお届けできるようになるのではないか、
という考えがありました。

今のお話のように、お客さまの声を聞いて、どう改良するかを決めるというのは、
今回の有機ELモデルならではのお話でしょうか。
それとも過去の任天堂のゲーム機でも行われていたことなのでしょうか。

塩田

ゲーム専用機は、ひとたび発売して生産終了になるまでの製品ライフサイクルが比較的長いんです。

ですから、何年という単位で、
同じ機能の製品をお客さまにご提供し続けることになります。

また、その期間、同じ機能のものをご提供し続けるということは、
それだけたくさんのお客さまの声を聞く機会をいただけるということです。

任天堂の開発者は、
常にお客さまの声に率直に応えたいという思いを強く持っていますし、
さらに、その製品ライフサイクルの間に技術進歩も起こりますので、
お客さまの声と技術進歩をしっかり組み合わせて、
発売後も製品をより良くしていくということができます。

このような「改良」への取り組みは、
今回の有機ELモデルに限らず
過去のプラットフォームにおいてもずっと続けていますし、
現在発売中のモデルについても、
改良するためのアイデアや技術をたくさん検討してきました。

実際、今回の新モデル発売前に、
そのようなアイデアや技術を採用して改良を施した例がいくつもあります。
ですので、発売後も続く改良はゲーム専用機の宿命でもあると思っています。

宿命というのは重い言葉ですね。

塩田

例えば「Wii」は、
心臓部にあたるメインの半導体だけでも、
大きな変更を3回加えています。

当時は半導体の技術進歩も盛んだった時期なので、
発売後にその技術進歩の恩恵を受けて改良を加えたことで、
消費電力を下げることができました。

外からは何が変わったのか見えない改良になりますが、
意味のある改良だったと思います。

そうした変更はファミコン時代からずっと行われてきたのでしょうか。

塩田

そうですね。
やっぱり、ゲーム専用機の製品ライフサイクルが比較的長くて、
変わらない機能の製品をご提供し続けるからこそ、
そういった改良の文化が根付いているのかなと思います。

それこそ、私が「Newファミコン」を開発した時も、
「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の基本となる部品こそ踏襲しましたが、
ビデオ端子出力※6や本体の小型化、
コントローラーの持ちやすさなど、
当時の新技術やアイデアを採用しながら改良をしました。

また、「Newファミコン」開発時に改めてファミコンのことを調べたのですが、
ファミコンも発売された時から、
いろんな技術的な進歩を取り入れながら、
見えない改良を続けていて、
中の基板や搭載される部品には
驚くほどたくさんのバージョンが存在していることを知りました。

それが、あまりにもたくさんありすぎたので、
社内に「ロットチェック」という新しい仕事ができたぐらいです。

※6TVと外部機器を接続するアナログ出力端子のこと。白赤黄のケーブルが左右の音声と映像に対応している。コンポジット(RCA)端子。

ロットチェック?

塩田

ハードウェアのバージョンが違っていても、
発売される全てのゲームソフトが問題なく動くことを
保証しないといけませんので、
新しく発売されるソフトを
改良によって世に出たさまざまなバージョンのハードウェアで、
実際に動かして確かめてみる仕事のことです。

一つのバージョンでも動かないと大きな問題になりますよね。
それを一つひとつ、動かして確認しなければならないので、
当時から多くのバージョンのハードウェアを検証用に揃えていました。

ですので、一つの製品で中身をどんどん改良していくというのは、
ファミコン世代から常にやっていたことなんです。

つまり、お客さまにとってファミコンは「ファミリーコンピュータ」と「New ファミコン」の2種類しかないように見えるけれど、
中の部品の変化などを考えると、実はたくさんの種類があるということですね。
ちなみに製品検査の場には、今もたくさんのバージョンのハードウェアが並んでいるのでしょうか。

塩田

はい、現在市場に出荷されている
さまざまなバージョンの製品を、数多く揃えています。

山下

中身を大きく変えたバージョンは、
必ずロットチェックの対象にしなければなりません。
だから、バージョンの変わったハードウェアを
ロットチェックの検査場に置いておくことは、
すごく重要なことなんです。

なるほど。ロットチェックは、
発売後も改良が続いていくゲーム専用機特有の手法ということですね。
では、少し脱線しましたが、新モデルの話に戻りたいと思います。
今回の有機ELモデルは具体的に、どんな部分が特長になっているのでしょうか?

山下

まず、お客さまがすぐに気づかれる「見える変化」でいうと、
本体の顔ともいえる、ディスプレイの変化があります。
有機ELディスプレイを搭載して、
色は鮮やかに、黒はより深く表現できるようになって、
画面サイズも大きくなりました。

それから、
本体裏側にあるスタンドがフリーストップ式になり、
お好みの角度でテーブルモードを
楽しんでいただけるようになりました。
それによって、プレイする際の画面の見やすさが向上して、
安定性もアップしました。

塩田

逆に手に取られても、
すぐには分からない「見えない変化」でいうと、
本体保存メモリー容量の増加やスピーカーの変化があります。
どちらも快適に、より良いプレイ体験を
していただけるように変更した部分です。

では、次からその「見える変化」と、「見えない変化」について、
詳しく伺っていこうと思います。