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先輩紹介2009
検査業務は問題解決が醍醐味。この仕事もお客様の楽しみにつながっている。 - 製造部 松本 敬志 2004年入社
松本さんが所属する部署ではどのような仕事をしているのですか?

実は、任天堂は自社の工場ではほとんどモノをつくっていません。さまざまな部品や商品は、国内および海外の協力会社でつくられ、組み立てられたものを納品していただいています。製造部は、名前こそ「製造部」ですが、生産・入荷計画に基づき、毎日のように納入されるさまざまな部品や商品を受け入れ、検査し、配送することを主な業務にしています。ですから、イメージは物流拠点に近いでしょうね。ただ、"ほとんど"といったのは「花札」などの「カルタ」類が製造部で生産されているからです。

そのなかで僕が所属する最終検査グループは、全世界に販売されるほぼ全ての商品の検査がメインの業務になっています。

具体的にどのような検査を行うのでしょう?

ゲームソフトを例にすると、1個1個検査していたら膨大な時間がかかってしまいますので、統計的に品質を保証する抜き取り検査を行っています。"抜き取り"と聞くと手を抜いているようなイメージもあるかもしれませんが、JIS規格に設定されている検査方法を運用しており、また、もともと製品は生産工程で"全数"検査されていることから、その検査されたものに対する念のための検査というような位置づけになります。まとまった数量のソフトから一部を抜き取り、パッケージからロムカートリッジにいたるまで、キズの有無や、正しい包装がなされているか、正しい仕様か、電気的な不具合はないか、など、品質に関して、スミからスミまで検査しています。

たとえば、ソフトには必ず取扱説明書が入っていて、ホッチキスで綴じられていますよね。その金属の芯が立っていたりすると、お客様がケガをされる原因になりますので、そういった細かなことまでチェックするようにしています。

また、海外協力会社での検査工程の指導なども行っており、仕組みの確認、手順の確認、実務の確認、製品そのものの品質の確認を行っております。

余談ですが、もともとコンピュータープログラミングを専攻していたため、自分が関わっている仕事は、このプログラムに近いと思っています。検査工程および生産工程には大きなフロー、流れ図があります。その流れ図にそって作業を実行し、チェックする必要があるのですが、何か問題が起こったときは、必ずどこかにバグのようなものがあるんですね。そのバグ、つまり問題を見つけ出して解決するようなところは、プログラマーの仕事に近いと思いますし、何より相手がマシンではなくマン(人)であるということがフローの最大の不安定要素でありバグとりの難しさでもあり、この仕事の醍醐味だと思っています。

職場の雰囲気はどうですか?

とてもアットホームな雰囲気です。実務の多くをパートさんや派遣社員の方々にお願いしています。ファミリーコンピュータ時代より検査業務に携わっておられる超ベテランの方もいらっしゃって、プロ意識が高く思ったことをハッキリと口にされることもあるのですが、それで職場の雰囲気がギクシャクすることはありません。社員やパートさんなど、立場に関係なく、感じたことを率直に言えるような雰囲気が職場のなかにありますし、何より商品に対する愛情をすごく感じるんですね。そういった方々の管理をすることも、僕の業務のひとつになっていまして、たまには冗談を交えメリハリをつけつつ、働きやすい職場を心がけています。

出張することも多いようですね。

職場は大久保工場内にあるのですが、普段は宇治工場や協力会社との間を行き来することが多いですね。入社して3年目からは、中国へ出張する機会が増え、年に3〜4回は行くようになりました。出張の期間はそのときどきによって異なりますが、短いときで2週間、長ければ2ヵ月もの滞在になります。

中国でつくられる製品に関しては、一部現地の会社に検査業務を委託しているのですが、任せっきりではなく、定期的に確認するようにしています。僕たちが確認したことが、その後の中国での検査業務の基準になり、製品のクオリティにも反映されるので、プレッシャーの大きな仕事です。

出張が長期になるのは、新しいハードの立ち上げ期です。現地の協力会社へは、製品技術部さんから検査工程のマニュアルを渡しているのですが、中国語に翻訳され、その会社の設備環境に合ったマニュアルに書き直されてることが多いので、検査工程の抜けや間違いがないかなど、徹底的にチェックします。さらに、実際の作業に立ち会って、検査の意図をしっかり理解して業務が実行されているかを確認します。そこで作業にムラがあったりすると、問題点を見つけ出し、修正していきます。また、同時に最終検査グループとしての目線からも製品そのものを確認していきます。理想的な形に近づくまで、現場に張り付きながら、徹底的にそういった作業を行いますので、1ヵ月や2ヵ月はかかってしまうんですね。

海外出張を経験して、何か意識の変化はありましたか?

それまでは、日々の業務をルーチンワークのように感じることもあったんですね。ところが、中国に出張して、問題をひとつずつ解決していくことで、検査工程がスムーズに流れるようになり、また生産工程で何千、何万台もの製品がダーッと流れている光景を目の当たりにして、気持ちは大きく変わりました。目の前を流れていくたくさんの商品が、船やトラックなどで運ばれ、やがてそれらが店頭に並んで、買っていただいたお客様が自宅で楽しむ、という一連の流れが、自分の頭の中ではっきりイメージできるようになったんです。自分のやったことが最終的に、世界中のお客さんの楽しみにつながってるのだと感じられるようになりました。

どのような学生時代を過ごされたのですか?

学生はやっぱり楽しまなきゃということで、がんばって遊んでいました。なかでも印象に残っているのが文化祭です。軽音楽部に入ってましたので、大きな体育館を借り切ってライブを開いたのですが、ステージをつくるために楽器や音響機器などを搬入し、ステージの前でお客さんと同じ目線で一緒になってライブを盛り上げ、ライブ終了後は元通りに片づけるという一連の流れを経験しました。そのときに裏方の重要性を感じることができ、この経験はいまの仕事にも活きていると思います。ステージに立ち、スポットライトを浴びながら演奏ができるのは、音響設備など会場の準備を行う裏方がいて、お客さんと一緒になってライブを盛り上げてくれる仲間がいるからこそだと思うんです。それは会社も同じではないでしょうか。任天堂にも大勢の裏方さん、仲間がいるからこそ、楽しいゲームが、ちゃんとした商品という形になって、お客さんの元に届けられるのだと思っています。

任天堂に入ろうと思ったきっかけを教えてください。

小学生のときにスーパーファミコンが発売されて、ものすごく欲しかったので、夏休みにずっと父の手伝いをして、買ってもらいました。『スーパーマリオワールド』を遊んで、人ってこんなに楽しいものをつくることができるんだと、すごく感動しました。自分も大人になったら任天堂に入ってゲームをつくるんだって、勝手にイメージしたこともあります(笑)。

そろそろ就職だという時期になって、学校の求人案内を見ていたら、任天堂の文字が目に飛び込んできたんです。その瞬間、小学生のときに考えたことを思い出し、「受けなきゃ」ということになりました。

最後に、今後の目標を教えてください。

今後の目標というと少し話がそれてしまいますが、まずはもっともっと製品を見て触れて経験を積むということです。製品を見る目が肥え、経験に伴う勘も働くようになってきました。たとえば、新しい製品が出てきても、製品の検査時にここがクサイなと思ったら、「やっぱり!」ということはけっこうあったりしますし、工程を確認していても「ここがにおうな」という部分がわかるようになってきました。そして、そうやって経験を積み重ねながら、理想的な任天堂における検査システムを編み出していくことが当面の目標です。

ある日のスケジュール

ありがとうございました。

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