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社長が訊く 〜任天堂で働くということ〜

目次

開発環境コーディネータ編

Vol.2

取締役社長 岩田 聡 / 森脇 友城 2003年入社 / 島田 健嗣 1992年入社 / 田原 靖之 1994年入社

3 ニンテンドーWi-Fiコネクションの話〜余計なお世話ではない

岩田

次に、ニンテンドーWi-Fiコネクション(※2)
(以下Wi-Fi)の話をお聞きしましょう。


2004年12月2日にDSを発売するという話があって、
それに向けて環境制作部が嵐のように立ち上げられて、
無事に発売を迎えて新年明けてすぐに、
「2005年、年末発売の『おいでよ どうぶつの森』と
マリオカートDS』はWi-Fi対応にするから」という
私の話から始まったと思うんですけど、
Wi-Fiを作る上では、何がハードルでしたか?

島田

DSはなんだかんだ言って一本道だったんですね。
開発技術部がハードを作って、環境制作部でSDKを作って出すという
リレーのような。


でもWi-Fiのときにはいろいろな当事者がいて、それぞれが役割分担を
自分の中で考えていて、誰が何をどうやったら作りあげられるのか、
というのが見えにくかったという感じです。
任天堂のいろいろな開発部署が、それぞれ当事者として関わった
最初のプロジェクトだと思いますので、まずそこが難しいと感じました。

田原

そうですね。僕がWi-Fiに専念し始めた2005年7月頃は、当時使っていた
ソケットライブラリではメモリ容量が大きすぎて、『マリオカートDS』や
『おいでよどうぶつの森』が動かないことが判明し、1ヶ月でコンパクトな
ソケットライブラリを準備しなければならないという究極のピンチでした。


最初は新参者だからおとなしくしていたんですが、
それではラチがあかないので、もういいやって
グイグイ言うようになりましたね。
開発部署のあちこちで話を聞いて、「やっぱりこうしましょう」と
テストのスケジュールを決めたり、いろんなことをしました。

岩田

私も最後のテストに参加しましたが、思い起こせば当時は大変でしたね。

島田

そうですね、ニューヨークのサードパーティーさんも
1社先行して開発していたので、社内だけでなく
地球の裏側からも問い合わせがきたりして、
バタバタしてましたね。

森脇

世界同時テストでは、日本・アメリカ・ヨーロッパの有志社員に、
テスターとしてWi-Fi上に集まってデバッグしてもらいました。
時差があるので国によっては非常識な時間にお願いしましたが、
みんな楽しみながらテストしてくれて良かったです。

田原

NOEとは音声認識の件でコミュニケーションが成立していたので、
あのときも無茶なお願いができました。
なので、音声認識の件でヨーロッパに行っていなければ、
ヨーロッパのWi-Fi立ち上げはもっと大変だったんじゃないかと思いますね。

島田

DSもWi-FiもWiiもそうなんですけど、
我々は連携を取る仕事をしているので、情報が足りなかったり
うまくいっていない状況がよく見えるんです。
それで、つながっていないところはつなげ、
できていないところは直し、どうしても必要なときは
社長に直訴し(笑)。


口を出したくなる性格みたいなものを
我々が持っているように周りからは思われますが、
これってコーディネータの重要な資質なんだと思います。
たいていの人は、問題の存在は認識しても、
「僕が口を出すと余計なお世話になる」と思って
何もしないと思うんです。

岩田

でもみなさんは、余計なお世話だと思わないわけですね?

島田

思わないですね(笑)。

森脇

責任感というか使命感というのがあって、
気づいた人がなんとかしないといけないと感じています。
そうやって問題を解決して、結果が出て、達成感を得られると、
仕事をする上で良い循環になっていると感じます。

※2:ニンテンドーWi-Fiコネクション
インターネットを使って、日本だけでなく、世界中の友達とゲームが楽しめる世界初の
無線インターネットサービス

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