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社長が訊く 〜任天堂で働くということ〜

目次

デバッグ業務管理編

Vol.6

取締役社長 岩田 聡 / 八又 一生 1994年入社 / 遠藤 剛 1995年入社 / 兵藤 公治 1998年入社

5 新しい技術や知識が身につくスピード

岩田

では、次は兵藤さんにWiiの話をお聞きしましょう。

Wiiというのは特に、ゲーム機本体にいろんな機能が
入りましたので、デバッグ業務を行うにあたっては、
ずいぶん今までと勝手が違う状況だったと思いますが、
兵藤さんはソフト品質管理部に異動して、
まずそれが大きなミッションだったんですよね。

兵藤

はい。まず関係部署が非常に多いというところが
これまでの商品開発と違いました。


今まではソフトを作っている限られた部門と
ソフト品質管理部との関係で済んでいたのが、
今度はWii本体を作っている部署、Wiiメニューを
作っている部署、写真チャンネルを作っている部署、
というように、開発している部署が多岐に
わたっているわけです。


また、開発だけではなく、Wiiショッピングチャンネル
ソフトをダウンロードするということになると、
日本だけでなく世界中の法律や税務の話が関係しますので
ひとつの部署で決められないことが非常に多く、
情報を集める段階でいろんな部署とやりとりが
必要なことが一番大きな違いでした。

岩田

そもそも兵藤さんの場合はどういう経緯で
この役割がまわってきたのですか?

兵藤

この部署へ異動する直前は、
New スーパーマリオブラザーズ』のデバッグを、
ソフト品質管理部の方と向き合う開発側で行っていました。
その仕事が終わって、少し休暇をとっていたのですが、
上司から自宅に電話がありまして、
「Wii本体の開発を手伝ってもらうことになったから」と。

岩田

休み中なのに、それどころじゃなくなったんですね(笑)。

兵藤

ちょっとびっくりしました(笑)。

岩田

確かにWiiの開発って、本当に任天堂にとって
初めてのことだらけで、これまでの方法論では済まないので、
とにかく段取りが大変だったでしょう。

兵藤

そうですね。
まず情報を集めることから始めまして、
どういう機材でデバッグを行わないといけないのかと。
ハードの立ち上げ時ですからまだデバッグ機材がなく、
そこから考えなければなりませんでした。

岩田

どの時期に何が使えるのか、どの順序で行わないと
いけないのか、まさに段取りが重要ですね。

兵藤

これまでですと日本版ができてから
北米版のローカライズ(※3)を進めるのですが、
Wiiは海外でもほぼ同時期の発売を目指していましたので、
全部並行で進めなければならず、その段階から
海外子会社のNOA(Nintendo of America)や
NOE(Nintendo of Europe)との連絡窓口も
私がやることになりました。
本当に手探りで進めていきましたね。

岩田

何が一番大変でしたか?
多すぎて思い出せないでしょうか(笑)。

兵藤

やっぱりネットワークの部分ですね。

岩田

ネットワークの部分はデバッグするための技術環境を
すぐに作れない、それから、その作った環境のテストだけで
世の中に出す十分な確証を簡単に得られないという
難しさがありますよね。

兵藤

私に基礎知識がなく、本当に最初の段階では、
無線ルータの仕組みがどういうものかもわかっていなくて。

岩田

でも、開発の後半に兵藤さんに接したときには
そう思いませんでしたよ。
すごく詳しそうに思いました(笑)。

兵藤

いや最初は本当に初歩的なこともわからないレベルでしたから(笑)。
ですので、開発の方にどう設定したらどんな状態になって、
どんな設定でエラーが出る環境になるというのを、
アルバイトのみなさんと一緒にいろいろ教えてもらいました。
最後は自分でいろんな設定ができるようになりました。

デバッグというのは技術的には都合の悪い状態を
わざと作ったりしないといけないので、ある程度細かく
技術的なことがいじれないとできないんですよね。

岩田

日米欧豪でほぼ同時期にこういうものを発売するのは
会社にとっても初めてのチャレンジだったので、
よく対策会議をしましたね。

その日のバグの状況について兵藤さんが報告して、
みんなが聞いてその日の夜に作戦会議をして、
じゃあ明日はこうしようみたいなことを、最後の
2週間くらいは連日たっぷりやっていましたけど(笑)。

兵藤

デバッグが終わって、デバッガーのみんなに
「お疲れ」って言いながらまた会議して(笑)。

岩田

でも、あのときは組織全体の底力が
出ているときでもありましたね。
こういう仕事をしていて達成感を感じるのは
どういうときですか?
大変なことも多いと思いますけど。

兵藤

やはり発売されたときですね。

普段なら製造工程があるので自分の仕事が終わってから
発売されるまでにはある程度の時間がかかりますが、
今回は北米で発売当日にネットワークサービスを開始したので、
自分の仕事が終わった!と思った数日後にはアメリカで
ネットが繋がって、もうみんなが遊んでくれてるんだ!と、
早く実感することができました。
非常に達成感を感じた瞬間でした。

岩田

兵藤さんの件を聞いて思うんですけど、
死に物狂いで知識を身につけたおかげで、
Wiiの本体機能については誰よりもよく
頭の中に系統立てて入ったんですね。

Wiiの場合には、世界ほぼ同時の発売目標が
決まっていましたから、問答無用でそれに間に合うように
何とか身につけないといけない。
だから、新しい技術や知識が身につくスピードが
すごく速かったんでしょうね。

※3:ローカライズ
ゲーム中のメッセージなどを、それぞれの国の言語に翻訳すること。
各国の習慣などに合わせてゲーム内容を調整することもある。

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