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社長が訊く 〜任天堂で働くということ〜

目次

ネットワーク開発編

Vol.7

中村 大輔 2000年入社 / 高山 剛希 1995年入社 / 外池 弘生 1995年入社 / 取締役社長 岩田 聡

3 新しいことに取り組む仕事

岩田

中村さんは、どういうきっかけで
ネットワークの仕事をするように
なったんですか?

中村

最初はソフト開発部門で
Wi-Fiコネクションの仕事をしていたんですけれども、
そのとりまとめをしていたのが今の部署で、
そちらで仕事をした方がやりやすいということで
異動になりました。

岩田

もともとネットワーク技術に興味があったんですか。

中村

そうですね、私が学生の頃に
オンラインゲームが世界でちょこちょことできてきて、
日本でも流行りだしたんですけれども、
そのときにオンラインゲームを開発する
アルバイトをしていました。
その関係でインターネット自体にも
わりと興味がありましたし、
それを遊びに使うというところに関しても
興味を持っていました。

入社した頃には、任天堂はオンラインには
積極的ではないと感じていたんですけれども、
必ずいつかはインターネットを使うという
確信があったので、そういうときに
その経験を役立てたいと思っていました。

岩田

予想以上にひっぱりだこで、
びっくりしたでしょう(笑)。
DSのときとWiiのときと、
どんな仕事をしてきたのか
具体的に話してもらえますか。

中村

DSのときは、インターネットを使う
マッチングのサービスを期限内に作るには、
どの会社のシステムを利用すれば良いかを
検討するというところから関わりました。
提供元を絞ってからは、
その会社がどんな技術を提供しているのか
というのを調べて、今度は任天堂が
やりたいことはどんなことかというのを
ゲーム開発のディレクターなどから聞き出して、
どういうふうな使い方をすれば
いいものができるのかを考えて、
そのライブラリの設計を考えたり
実装するといった仕事もしました。

岩田

Wi-Fiコネクションの開発時は
部門横断のプロジェクトチームを
作ったんですけど、中村さんは当時
入社5年目くらいだったと思いますが、
そこで積極的に発言して、
かなり重要な役割を果たしていましたよね。
任天堂がやったことのない未知の仕事に
入っていくときの力の結集のされ方とか、
それに対する仕事の分担の仕方とかは、
どんなふうに見えていましたか?

中村

いろいろな部署から集まってきた人々が
みんな当事者意識を持っていて積極的で、
会議が始まるとあっという間に3〜4時間たっている
ということが多かったですね。
でも、だらだらせずに実のあるミーティングに
なっていて、団結力があってすごいなと
思いましたね。

岩田

Wi-Fiコネクションのプロジェクトで
部門間の連携が格段に良くなって、
それ以降のWiiやニンテンドーDSiの商品開発に
大きく影響していると感じますね。
中村さんが担当していた仕事は、
どういうふうに変わってきましたか?

中村

Wi-Fiコネクションのときに担当していた仕事は、
汎用的なシステムでは
サポートできない仕様の対応です。
おいでよ どうぶつの森』の中に
“あやしいネコ”というのがあって、
村にとことこやってきた猫の顔に落書きができて、
その猫がインターネットを通じて
他の人のところに行けるというものなんですが、
そういった仕組みを担当したのがきっかけで、
以後もゲーム専用の仕組みを
そのソフトのために作ることが多くなり、
『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』では
Wi-Fiコネクションでポケモンを交換する仕組みを
担当したりもしました。

Wiiの立ち上げのときは、新しく作らなくてはいけない、
本体をネットワークで更新する機能の仕組みを検証したり、
DSで動いていたWi-Fiコネクションライブラリを
Wiiで動かすための仕組みを作ったりしていました。
新しいことに取り組む仕事が増えてきました。

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