発売間近『星のカービィ64』に迫る! 人気キャラ・カービィの魅力に迫る! 読者プレゼント!!
カービィの所属プロダクション(!?)HAL研究所に迫る!

谷村正仁社長(HAL研究所)突撃インタビュー
 なんと思いがけず、ハル研の代表取締役……つまり社長の谷村正仁さんにお話を伺うことができちゃったのだ!! カービィの話にかぎらず、ハル研の現在、過去、未来などまで話題をふくらませてみたよ。

−− ハル研の歴史を、社長の歴史と重ねあわせて語っていただけますか?

谷村社長谷村 1978年だったかな、東京のあるデパートにコンピュータショップができたんですよ。当時ボクはそこにたむろしていたんですね。やがて、そこの店長さんが独立して会社を作ることになって、設立メンバーとして声をかけられたんです。それがHAL研究所のはじまり。当時は大学生だったので、働くというよりクラブ活動のノリでしたね。秋葉原のマンションの1室で、社員ひとりバイト6人でパソコンゲームや周辺機器の開発をやっていました。アーケードゲームを開発したときには、海外のショーに持っていったんですよね。シカゴやラスベガス、ハワイ(笑)などを飛びまわって、オトナ気分を味わっていました。
 それから、ボクはいったんハル研を抜けて、違う会社に入ったんです。それでもハル研のノリはクラブ活動でしたから、相変わらずハル研には入りびたっていましたね。そして、ファミコンが発売されてすぐ、任天堂さんと仕事をすることになったんですね。ハル研において学生からプロへの意識の転換があったのはその時だと思います。それまでは、おもしろければそれでいいという考えのもと、演出面なんてまるで気にしていなかったんです。ところが任天堂さんからはゲームの細かな部分にリクエストを出してくる。「キャラクターに赤いぼうしをかぶせろ」とか「ヒゲをつけろ」などのリクエストは、アーケードゲーム機を作っていた時にも出ていたのですが、当時のボクらは、ゲームのおもしろさには関係ないと思って何も応えようとしなかった。でも任天堂さんと仕事を始めたときに、「ともかく言われたことを、いったん全部やってみることにしよう」ということで取り組んでいって、それ以来、ハル研のゲームの作り方が変わったように思います。
 そうこうして9年が経ち、ボクはふたたびハル研に戻ってきました。すでにスーパーファミコンの時代でしたね。『ジャンボ尾崎のホールインワン』や『カードマスター』などのスーファミソフトや、そのほかには、FAXモデムがない時代に、パソコンからFAXを送れるようにした『HALファックス』や、電子手帳とパソコンをつなぐケーブル『HALキャッチ』などを作っていましたね。

−− カービィに関する思い出などはありますか?

谷村社長とリコ編谷村 さっきの話から、ハル研がいろいろ手広くやってたのがわかると思うんですが、じつは1992年に深刻な経営危機に直面しまして、会社を建て直さなければならくなった。そのとき、今後は事業内容を広く浅くではなく、絞り込んで深くいこうってことに方針変更したんです。「じっくり練ってモノを出そう、ミリオンセラーにならないモノは作らないぞ!」って意気込みで。当時は売れても10万本のメーカーでしたから、この決意はすごかったんですよ(笑)。
 で、新生ハル研として、最初に出すのは勢いのあるソフトを、ということでゲームボーイで勢いが出ていたカービィを、ということになったんです。そこで「いいモノを作ってカービィをブランドにしよう、お客さんがカービィを買えば安心ってイメージを作ろう」と、会社一丸となってがんばったんですよ。それが『星のカービィ夢の泉の物語』なんですけど、現実にミリオンセラーとなったんです。この成功が「自分たちが納得できるいいモノを作れば売れる」という意識となり、ユーザーのみなさんが満足できる作品づくりにつながっているんだと思います。

−− いいモノを作ることに対するこだわりは定評がありますものね。

リコ編谷村 われわれの企業理念は“商品作りを通じてお客さんとわれわれがハッピーになること”なんです。お客さんに喜んでもらえる商品であることが、たくさんの人の手に取ってもらうことにつながる。たくさんの人に喜んでもらえ、たくさんの人に買ってもらえれば、われわれも嬉しいし収益面でもプラスになる。だから、お客さんのハッピーを考えてモノ作りをしていくことが、われわれのハッピーになることでもあるから、両者が共にハッピーになるようにモノ作りをしていこうじゃないか、ということなんですよ。

−− カービィというキャラクターについてはどうでしょう? ハル研のマスコット的存在となっていますが。

谷村 カービィは今の時代にマッチしているなって思いますよ。ほら、時代は癒しを求めているでしょう。カービィの丸さってなごみ系だと思いませんか。なごみ系なんて言葉のなかったころから、なごみ系だったんです。時代がカービィに追いついてきた、というと言い過ぎかな(笑)。

−− カービィ関連のほかに、思い出の作品などはありますか?

谷村社長谷村 やはり、大成功をおさめた『ニンテンドウオールスター! 大乱闘スマッシュブラザーズ』『ポケモンスナップ』ですね。
 スマブラは、ボク自身はミリオンセラーになると思っていたんですが、各方面からの逆風が強くて(笑)、周囲は発売前にはかなり弱気になってた。でも、結果的に成功して嬉しかったですね。
 『ポケモンスナップ』については、シールプリントがどうしてもやりたかったんですが、時間がなさすぎたんですよ。それでも、なんとか実現にこぎつけて……。その機械を開発したのも、ウチなんですよ。それがベースとなって、アメリカでは、レンタルビデオのチェーン店に、シールプリントを作るマシンが置いてあるんですよ。その場でプレイしてそのままプリントできるので、カートリッジを持っていないコでも遊べるんです。
 それと、この2作品については、作るだけでなく、商品を知ってもらうことにも力を入れたんです。商品のできばえには自信があるので、つぎは商品の良さをもっとお客さんに知ってもらおう、ということで。そういうことでも思い出深いですね。たとえばスマブラのテレビコマーシャルですけど、ハル研としては商品のウリを、ぶっ飛ばしの爽快感、新しいゲームシステムと考えていたんですね。
でも、出版社に説明に行ったときに、見る見る人すべて、任天堂の色々なキャラが一つのゲームに出ていることを驚ろいて喜んでいた。また懸念していた薄っぺらなキャラゲーというような誤解は受けず、とても良い第一印象を持って貰えた。それを思い出して、「お客さんが、一瞬で欲しい、となるのはこっちなんだ」と思い、キャラの方にウェイトを置いたコマーシャルになったんです。他には、スマブラはデバッグのときに、最初はプレイヤーの評判が悪いんだけど2〜3日たつとどんどんよくなっていったんですね。それで、面白さがスグに理解して貰えないゲームなんだ、ってことに気づいて。そこで、出版社向けに、すぐに面白さが理解できるダイジェストビデオを作ったんですよ。きっと、出版社は短時間のプレイで評価するでしょうから、それだと面白いってところまでたどり着けないだろうと思いまして。

−− 最後に、今後の抱負などをお願いします。

谷村 今年はたくさんタイトルを出しますよ。『星のカービィ64』を始めとして、ニンテンドウ64版の『バス釣りNo.1』、そして夏ごろに『MOTHER3』を出していきます。また、ドルフィンの発売にあわせて新作を考えています。仕事がことごとくうまくいかない、という時期がありましたが、スタッフが買ってきてくれたお札を飾ってから調子がいいんですよ。会社的に絶好調なので、そのまま今年も波に乗っていきたいですね。現在、ビルを一部リニューアルしていることもあり、今年はリニューアルの年、弱いところを補強して未来にパワーアップして臨む年、って風にしたいと思います。


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