ディスクシステムとは?
ディスクシステム ロゴ

今回『ファミコンミニ』シリーズで、ディスクシステムセレクション10タイトルが発売されることになりました。ここではまず、ディスクシステムの歴史を勉強しましょう。ファミコンの周辺機器として大成功をおさめたディスクシステムですが、これまであまりその実態については触れてこられませんでした。かつてたくさん遊んだ世代のユーザーも、触れたことがないユーザーも、その歴史をいっぺんに見ることができてお得です!
ディスクシステムセレクション発売ソフト
『スーパーマリオブラザーズ2』
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『謎の村雨城』
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『メトロイド』
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『光神話 パルテナの鏡』
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『リンクの冒険』
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『ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島 前後編』
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『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者 前後編』
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『ファミコン探偵倶楽部 PARTII うしろに立つ少女 前後編』
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『悪魔城ドラキュラ』
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『SDガンダムワールド ガチャポン戦士 スクランブルウォーズ』
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希望小売価格:各2,000円(税抜価格:1,905円)


1986年、ディスクシステムが誕生
ファミリーコンピュータ(ファミコン)が誕生したのが1983年。日本中に一大ムーブメントを巻き起こし、ゲームが新たなエンターテインメントとして定着しつつあった1986年2月21日、その遊びを拡張するための周辺機器として『ファミリーコンピュータ ディスクシステム』が登場しました。当時ROMカセットしかなかったソフト媒体に、"クイックディスク"を基にしたディスクを起用。それまでのファミコンの概念に、新風を吹き込んだのでした。 ディスクシステム
「当時のCM映像」を見る!


ディスクシステムの特徴
ディスクシステムには大きな特徴が3つあります。

1.ROMカセットを上回る大容量
2.価格を安価に抑えられる
3.データのセーブ、保存ができる

ディスクライターこれらは、遊びの幅を拡げるうえで、大きな役割を果たしていました。いまでこそセーブ機能は当たり前ですが、当時はとても大きな革命だったのです。自分の遊んだ記録が保存できるということは、続けてゲームをしようという気持ちを喚起し、友達同士などでスコアを比較したりというコミュニケーションを取るうえでも重要な役割を果たしていました。

ディスクシステム最大の特徴は『書き換え』にあります。ひとつの記憶媒体(ディスク)があれば、新作が出るたびにディスクを買い換えなくても、データを書き換えることによって別のゲームを楽しむことができるわけです。全国のおもちゃ屋さんなどの店頭には『ディスクライター』が置かれ、500円で別のゲームにデータを書き換えることが可能でした。ユーザーは購入をあまり迷わずに、気楽に違うゲームを楽しむことができることになったのです。また人気商品の宿命とも言える違法コピーに対抗するため、ディスクにコピー防止のプロテクトもかけていました。


ディスクファックス
ディスクファックス
『ディスクファックス』は、ディスクに保存されたスコアなどのセーブデータを任天堂とやりとりする装置として活用されました。ユーザーはデータをセーブしたディスク(通常の黄色いディスクとは違い、こちらはシャッターのついた青いディスク)を店頭などへ持っていき、ディスクファックスに読み込ませることで、様々な大会などに参加することができました。ディスクファックスにはふつうの電話が据え付けられていて、任天堂側は毎日夜になると電話をかけてディスクファックスからデータを吸い出し、ランキングなどを新しいデータにして送っていたというわけです。これは現在のネットワークゲームの先駆けとも言える発想で、任天堂ホームページがときどき行っているタイムアタックなどの大会も、このシステムが発展したものなのです。


成功の後には…大容量戦略への時流
ディスクシステムは当時の価格で15,000円。決して安いとは言えないものでしたが、400万台以上というセールスを記録。ハードの周辺機器として大きな成功を収めることとなります。

その後、ゲームの進化に伴いディスクシステムの容量ですらも限界が見え始めます。しかし、ディスクではこれ以上容量を上げることができない。ではどうしたら? という課題が出てきた時、ROMカセットの存在が再浮上。半導体業界が新しいチップを開発し、ディスクを上回る容量を搭載することに成功。そして半導体の価格が急落し、原価を抑えながらも大容量のゲームが実現できることになりました。さらにセーブ機能までが付加され、ディスクの性能を生かしたソフトがなかなか現れなかったこともあり、だんだんと勢いを失っていきます。

このころになるとゲームの種類や内容も、飽和状態になりかけていました。開発側は大容量戦略を選択、グラフィックや音楽性の強化に力を注ぐことになります。容量アップによってゲームとしての幅を拡げようという流れへと、業界全体がシフトしていった時期でもありました。このような時代背景の中、ディスクシステムはその役目を終え、ふたたびROMカセットへとその座を譲り渡し、スーパーファミコンの登場により、その姿を消していくことになります。ラストタイトルは1992年12月22日発売の『じゃんけんディスク城』(徳間書店インターメディア)。書き換えサービスは2003年9月30日まで続き、全199タイトルのリリース、ソフトの総売り上げ数5,339万本をもって、その歴史にピリオドを打ちました。


年表
意外と最近まで続いていたディスクシステムの歴史…では、その開発者にインタビューしてみましょう!


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「任天堂マガジン表紙・2004年8月号 No.73」トップページへ