青空文庫 富田倫生氏インタビュー
『DS文学全集』では、インターネットの電子図書館『青空文庫』にも色々とご協力いただきました。『青空文庫』は、著作者の死後50年が経過して著作権の消滅した作品と、著作者自身が「自由に読んでもらってかまわない」とした作品を読むことができるWebサイト。古典的な文学作品を中心に、様々な作品を誰でも自由に読むことができます。
今回は青空文庫の世話役をされている富田さんの元へお邪魔することに。本、文学への想い、そして『DS文学全集』へのエールをお話ししてくださいました。

1.コンピュータ社会の発展と共にスタート
2.誰でも、いつでも、空の恵みのように本が読めるという環境を
3.文学の世界へ可能性を広げて欲しい
インターネット図書館 青空文庫 世話役「富田倫生さん」
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キャッチ2:誰でも、いつでも、空の恵みのように本が読めるという環境を


富田 それでまあ、やってみようかということになったんですが、やるなら電子書店よりも電子図書館の方が絶対面白そうだなと。
N.O.M なぜそう思われたんでしょうか?
富田 富田さん世界中にネットワークが通じているということの、一体何がすごいかってことを一言で言うと、「距離の壁を越えた複製が、ものすごく安価でできる」っていうことだと思います。先ほどもお話したように、自分の書いた文章をたくさんの人に読んでもらおうと思ったとき、紙の本というメディアを使うよりも、格段に安価になり敷居が下がるわけです。私はそれがインターネットの本質的な強みだと思い込んでました。ただしこの強みも、あくまで他人の権利を侵害しない範囲での話です。コピーが容易で、遠隔地からも容易く複製できてしまうということは、著作権侵害に関する問題も考えなくてはいけません。電子本の配信ビジネスをやろうという人にとっては、インターネットのメリットを活かしたいんだけど、同時にコピー保護の対策も考えなくてはいけない。常にアクセルをふかしながらブレーキを踏んでる状態になってしまいます。でも、公共性の部分に足場を置くとどうなるか。著作権の問題をクリアにした上で、複製を自由にしてもらって構わない、というような立脚点からインターネットを利用しようとすると、ものすごくダイナミックに展開するに決まってるだろうと。電子書店も上手く行くだろうけど、コピー問題がついて回る。そう思ったら、電子図書館の方が面白いですよね。

ただ、資本主義社会に生きてる訳だから、収入をどうするかっていう枠組みを見ていかなきゃいけないんですけども。どうやって自分が生きていくんだっていう大きな問題がね(笑)。そう思うと昨今フリーをベースに商売に持っていける人たちが出てくるとは思いも寄りませんでしたね(笑)。

で、『電子図書館』を実際やってみましょうよっていう話になったときに、まずは言い出した人間たち数人でできる範囲内のことをやろうと。それと紙の本のページをスキャナーで取り込んで画像ファイルにした画像ベースのものではなくて、テキストベースで読めるものにしようということになったんです。文章をパソコンに打ち込む手間やその校正など色々な問題があるけど、テキストベースの電子本に仕立てて、ファイルをダウンロードできるようにした方が、後になってコンピュータ的な色んな使い方ができると思いました。校正などは全てボランティアの方が手作業で行っているので、想定としては「今月は森鴎外の高瀬舟がアップできました」とか、「夏目漱石は長編だから1年ぐらいかかるかねえ」、とかそういうマイペースな感じで。電子本の会社のサーバーをちょっと間借りして、やってみようかって言い始めたのが1997年の春くらいの話でした。
  校正原稿校正原稿
N.O.M もう発足間近ですね。
富田 でも、ここまで相談しておきながら誰もやらないの(笑)。
(室内爆笑)
N.O.M 大問題ですね!
富田 家族のホームページを作ろうって言って盛り上がっても、父さんも母さんも誰もやらない。何ヶ月か経ってやっとお兄ちゃんやってよとか、じゃあHTMLってなんだタグってなんだとか、そういう感じですね(笑)。2月くらいに相談し始めたのに、もう全然やんなくてねえ。なんとか夏頃に形らしいものを作ったんだけど、玄関を作って、短編を5つくらい置いて…っていう小さなスタートでした。
N.O.M 『青空文庫』という名前は、どういう意味合いを込めて命名されたんでしょう。
富田 富田さん以前、『本の未来』って本を書いたんですけどね。インターネットや電子本の台頭で、本というのは一体どうなっていくんだろうっていう内容で。その前書きに詩のようなものを書いたんですよ。ああ、本を読みたいなあと思ったとき、あの人の書いたものに触れてみたいと思ったとき、そういう気持ちがその人の心に芽生えたら、青空を見上げるように────空の温もりだとか暖かい日差しだとかは、身分や収入、性別とか老い若いにかかわらず、天からの恵みのように受け取ることができる────そんな風に、手に取ることができたらいいなと。読みたいという気持ちが芽生えたときに、世界中のどこでも、ふと青空を見上げれば本がそこに開かれる。そういう環境ができれば素晴らしいと。
N.O.M いい内容ですね。
富田 先人たちがたくさん書き残してくれた文字の表現、小説だとか評論だとか論文だとか、そういうものは読みたいと思ったときに、与えられて然るべきだし、そういう社会環境を用意する準備が、我々の文明にはすでに整ったと。成熟した社会では、こういう甘い希望だとか理想が力を持つ局面があるんですよ。綺麗事なんだけど、その実現に向かってやってみる価値はある。そんな経緯で『青空文庫』という名前になったんです。
N.O.M 富田さんはたくさんの読書をなさいますか?
富田 そうですね、人の心がわかる、深く切り込んだ小説を読んでしまいますね。現役の作家さんで言うと、宮部みゆきさん。あの方は、登場人物を一人も粗末に扱わないでしょ。脇の脇にいる人だって心がある。その人の心で物語は動いてるんだ、というところに心惹かれますね。それからもちろん、若い人には特に言いたいんですが、古い文学を読んで欲しいです。私は生意気な学生だったんで、芥川龍之介や太宰治までは読んだにしても、夏目漱石とかをちゃんと読んでなかったんですよ。クラシックを忌避する感覚が強くて、自分にぴったり来るような先鋭的なことが書いてないんじゃないかって思ってたんで。
N.O.M 私もそうでした。よくわかります。
富田 だけど素晴らしい文学なんですよ。その後、青空文庫でも読むことになりましたし、『DS文学全集』にもたっぷり載ってますよ。日本という文化環境で育った自我が、西洋文明と西洋で確立された価値観、個と全体だとか、そういった西洋的価値観にどう立ち向かって行くかということを、ものすごく早く先鋭に体験して上手く表現した作家だと思います。環境・時代と、人の心の相互作用を上手く描いた作家が当時すでに居た訳で。今では宮部さん、その前の山本周五郎さんもそうだし、さらに太宰、芥川もそう。芥川の先生の夏目もそう。それから坂口安吾という作家には特に惹かれたりします。宮部さんの本なんか新刊が出ると、喜んでお金を払って買う訳ですよ。人生に贈り物を与えられたような気がしてしまうんですよね。ラブコールみたいになっちゃったけど(笑)。

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