社長が訊く
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社長が訊く『ニンテンドー3DS LL』

社長が訊く『ニンテンドー3DS LL』

目次

3. 「いいものを安く、お客さんに届けたい」

岩田

話を少し戻して、
デザインの話をお訊きしたいと思います。
宮武さんは最初、動作品を見たとき、
デザインする立場としてどう思いましたか?

宮武

最初の「おおっ!?」っていう驚きは
いまも覚えてますね。
「これはいけるぞ」っていう手応えはありました。

岩田

「つくっている人たちが驚くわけだから、
お客さんもそうにちがいない」
ということですよね。

宮武

そう思いました、本当に。

岩田

3DS LLは液晶画面は大きくなったけど、
本体の大きさに関して言うと、
厚さはほぼ変わってないんですよね。

宮武

ホームページに出ている厚さ22ミリというのは、
この足の突起の部分まで含めた数値なんですけど、
薄い部分は21.3ミリで、
3DSより0.1ミリ厚いだけなんです。

ニンテンドー3DS LLを真横から見た図です。

村上

その0.1ミリが、現場的には
くやしいところではあるんですが・・・(笑)。

一同

(笑)

宮武

大きくなって、ほぼ同じ薄さだと、
実際の見た目はさらに
かなりコンパクトに見えるんです。

岩田

たしかに大きさの数値だけ見たら
DSi LLに近いはずなんですけど、
見くらべるとけっこう小さく見えます。
それに、角R(角のまるみ)があることで、
持ったときの感じがやさしくなって、
持ちやすい気がしますね。

宮武

「大画面でやさしい3DS」
ということを意識してデザインしていました。
今回の機種のように大型だからこそできることなんですが、
今回はバッテリーが本体真ん中に配置されているので、
いままでより大きな曲面が天面と底面にとれています。
バッテリーが中央にあると、
手に持ったときの重量バランスもいいんです。

岩田

そこは先日(2012年6月28日)の株主総会後の内覧会で、
3DS LLを触っていただいた株主の方々からも
「想像以上に持ちやすいし、(重量)バランスがいい」って
お誉めの言葉をいただきましたよ。

宮武

あ、そうなんですか!
それはすごくうれしいですね(笑)。

岩田

あと今回は外装の加飾方法でも
新しいことに挑戦したんですよね。

宮武

前提として、3DSと同様に気軽に持ち歩いていただくために、
表裏のないニュートラルなデザインを考えていました。
外から見える面で柄や色の
バリエーションを出しやすい加飾を模索していました。
いろんな方法・技術を検証したんですが、
コストや商品性をふまえて、
今回は最終的に「IMD」という方式を採用しています。

岩田

IMDとはどういうものか、
ちょっと説明してもらっていいですか?

宮武

フィルムを用いた成形の工法のひとつで、
あらかじめ印刷して色味を出したフィルムを、
金型(※5)にはさみこんで、
樹脂と一緒に成形する工法です。

※5
金型=つくりたい形状の反転形状の型のこと。主に金属材質でできており、プラスチックなどの素材を流し込むことで、大量生産が可能になる。

岩田

たしか3DSではIMLという
工法を使っていましたよね。
IMLとIMDは、どこがどう違うんですか?

宮武

どちらもフィルム成形なんですが、
IMLはフィルムが表面の保護層となって残り、
IMDは最終的にフィルムが取れます。
取れたあとに柄や色の層や、
UVの印刷層が残って完成します。

岩田

かんたんに言えば、
フィルムが残るのか、
最後にフィルムが取れて
印刷した部分だけが残るのか、
その違い、という認識で間違ってないですか?

宮武

そうですね。
それぞれ向き不向きがあって、
3DSで使ったIMLはIMDと比較して、
立体形状を形成するのに有利でした。

岩田

だからボタンとかに使われていたんですね。
これまで任天堂で、
IMDを使ったことはありましたか?

宮武

ゲームボーイミクロ(※6)の「フェイスプレート」や、
ポケウォーカー(※7)で使われていました。

※6
ゲームボーイミクロ=ゲームボーイアドバンスと互換性を保ちつつ本体を小型軽量化した携帯ゲーム機。2005年9月に発売。
※7
ポケウォーカー=2009年9月に発売されたニンテンドーDS用ソフト『ポケットモンスター ハートゴールド・ソウルシルバー』に同梱されている歩数計。

村上

今回、IMDを採用した経緯としては、
わたしと、この場にはいないんですけど、
赤井(浩章)さん(※8)が、
プロジェクトがはじまる少し前に、
IMDの技術紹介をメーカーさんから受けていたんです。
赤井さんが相当気に入って
ことあるごとにIMDをプッシュしていましたね。

※8
赤井(浩章)さん=赤井浩章。開発技術部所属。くわしくは、社長が訊く『ニンテンドー3DS』本体機構設計篇を参照。

宮武

すごいプッシュでした(笑)。

岩田

それだけ赤井さんがIMDを気に入った
理由はなんだったんですか?

藤田

やっぱり、塗装に比べると、
箔(はく=印刷層やUV層など)1枚で塗り分けが容易で、
工数が少ないので、歩留まり(※9)も高く、
コストメリットが大きいというのが、
赤井さんが推していた理由ですね。

※9
歩留まり=生産した全製品に対する、良品(不良品でない製品)の割合のこと。

岩田

同じことを塗装でやろうとすると、
まずハウジング(※10)に色を塗らない部分だけ
マスキング(※11)して塗装をして、
仕上げにUVの保護層をかけて・・・
というふうな段階を追った工程をくり返しますよね。
その間のひとつの工程でも、ホコリがまじったり、
ムラが生じたりすると、それは不良品になってしまうので、
工程が多いほど歩留まりが下がってしまうことは避けられず、
結果、コストに大きく影響するんですね。

※10
ハウジング=筐体を構成する部品のうち、外側をおおう形で保護している部品。
※11
マスキング=塗装の際、塗料を塗りたくない部分をおおって塗料が付かないようにすること。

藤田

はい、そのとおりです。

岩田

それがIMDの場合だと、
フィルム印刷で色はすでに出ていて、
最初から表面にUVの保護層が入っているから、
その意味でコストが優位になる、
という理解でいいですか?

藤田

そうです、はい!
ありがとうございます(笑)。

岩田

IMDを使おうと決まってから、
そこからは順調に進みましたか?

藤田

いえ、そうかんたんには進まなかったんです。
やっぱり箔が薄いものなので、
後ろから樹脂を流し込む入り口の部分で
箔が流れたり、ゆがんでしまうんです。

岩田

ああ、樹脂に流されてゆがむわけですか。

藤田

はい。やはり特殊な工法なので、
試作段階でいろいろな問題が出てきました。
メーカーさんに中国の協力工場さんまで来てもらって、
問題を確認してもらいつつ、
量産での変形を見込んで、
フィルムの設計であらかじめ曲げておこうとか・・・。
本当に、量産のはじまる2週間前までやりとりして、
何とか間に合った・・・という感じでした。

岩田

普通、その時期に、
そういうことをしていてはいけないんですが・・・。
そこまでしていたんですね。

藤田

・・・はい(苦笑)。

岩田

完成品からそんな苦労はまったく見えませんが、
いままでにない、新しいチャレンジをすれば、
そうそう、一筋縄ではいきませんよね。

藤田

はい、行きませんでした。

岩田

でも結果的には、
IMDの仕上がりもすごく見映えがよいですし、
バランスもとてもいいですから、
コストが安いという理由だけではない、
ということですね。

宮武

そうです。そういう意味では、
デザインという立場でも
「いいものを安く、お客さんに届けたい」
という気持ちが強くありました。
また、最初のデザイン決裁の段階から、
いろんなデザイン案の横に、
概算のコストを記入した欄を設けて、
提案をした記憶があります。

岩田

そうでしたね。
まるで食事のメニューに載っている、
カロリー表示みたいな感じで。

一同

(笑)

岩田

ぜひ、現物を手にとって見てもらいたいですね。