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社長が訊く『ニンテンドー3DS』

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社長が訊く『ニンテンドー3DS』

本体機構設計 篇

目次

4. バッテリーカバーにも注目してほしい

岩田

それではカメラの話もお訊きします。
前回の「社長が訊く」で、3DSで立体視液晶を付けるのだから、
カメラも2個付けるのは「必然」だという話だったのですが、
実際に2個のカメラを付けるというのは、
それほど簡単なことではなかったんですよね?

輿石

はい。2つのカメラを精度よく並べないと、
画角がズレたりするような問題がありまして・・・。

岩田

2つのカメラをまったく同じ向きに取り付けないと、
立体に見えなかったりするんですよね。

輿石

そうです。なので、カメラモジュールを
回転なく、平行に実装しないといけませんでした。

赤井

確かに開発段階の初期の頃は、
カメラがいちばんホットなテーマでした。
2つのカメラをどうやって精度よく取り付けるのかと。
それに本体に組み込んだ後も、
衝撃で傾かないようにしなければなりませんでしたし。

岩田

出荷時に立体で写真が撮れるのは当たり前ですけど、
お客さんに買っていただいた後に、ちょっと落としたくらいの衝撃で
カメラの向きがズレてしまうことが
ないようにしなければならないという、
そんな難しさもあったんですよね。

赤井

そうなんです。
そこで、補強するにはどうしたらいいのか、
すごく試行錯誤をしました。
でも、たとえば金属で補強しすぎると、
FPCという配線に干渉して、
切れてしまうような別の問題が発生したんです。

岩田

FPCというのは、別名「フレキシブルプリント基板」で、
帯のようなものに配線している、薄いケーブルのことですね。

赤井

はい。薄いだけに切れやすいんです。
いま思えば、開発の初期段階では、そこがいちばんの重荷で、
関連する部署のスタッフがたくさん集まっては
打ち合わせを繰り返すようなことをしていました。

輿石

FPCに関連したことでは、
今回はカメラが2個付くということもあって、
ヒンジのところを3枚のFPCが通ってるんです。

岩田

今回は3枚なんですか?
初代DSのときは、確か1枚だけでしたよね。

後藤

はい。DSiのときはカメラが付きましたので2枚になりましたけど、
今回は2個のカメラと液晶のほかに、LEDランプが付いたりとか、
3Dボリュームが付いたりしましたので、3枚になりました。

赤井

その当時、わたしはまだ製品技術部にいたのですが、
量産を考えると、ヒンジに3枚も通すのは難しいはずなんです。
DSiのときに2枚通すだけでも大変でしたから。
なので、「そんなのできないでしょ」と言ったんです。

岩田

デザインを見て「無理です」と言って、
3枚のFPCに対しては「そんなの到底できないでしょ」と(笑)。

赤井

はい(笑)。
それで、ものすごい議論になって、
試しにつくってみることにしたんです。
すると・・・何の問題もなくできることがわかって(笑)。

岩田

あ、そういうものなんですか(笑)。

赤井

やってみると、意外に・・・(笑)。

後藤

協力会社さんに組み立ててもらうと意外とできたりしたんです。

岩田

やっぱり「ダメ」だと思い込むことが、
いちばんの問題だったりする場合もあるということですね。

輿石

そうですね。自分たちで作業をする前から、
「できない」と思い込んでしまうこともあるんですね。

岩田

上ぶたのところで試行錯誤があり、
カメラやヒンジでも同じように試行錯誤し、
後藤さんにとって、ほかにはどんなことがチャレンジでしたか?

後藤

わたしの場合はバッテリーカバーやボタンで使った
IML(in-mold Label)でしょうか。

岩田

IMLというのは聞き慣れない方もいらっしゃると思うので、
それが何かを、ちょっと教えてください。

後藤

ふつうの製品というのは、プラスチックを金型に流して、
樹脂を固めるだけでつくられるのですが、
IMLというのは、片側にフィルムを貼りつけて、
同時に樹脂を流して成型するという技術です。

岩田

フィルムと樹脂を一体で成型するので、
事前に印刷したフィルムを使うと、
模様や文字を鮮明に出すことができるんですね。

後藤

そうです。

岩田

IMLを使うと、樹脂でつくってから印刷するのと比べて、
どういう有利な点があるんですか?

宮武

樹脂だけ成形しますと、
厚みに変化のあるところに“ヒケ”が生じやすいんです。
“ヒケ”というのは表面のちょっとした凹みのようなものなんですけど、
IMLを使うと、それが出にくくなるんです。
製造面では、通常では塗装や印刷、トップコートなどの
多くの工程が必要になるようなことも、
IMLを使えば、工程数を減らせるのもメリットなんです。

後藤

しかも、今回のバッテリーカバーは全面になっているんです。

岩田

これまでのDSシリーズでは、
電池部分にだけ、バッテリーカバーが付いていましたよね。

後藤

はい。でも今回は全面化しましたので、
見た目がとてもスッキリしました。
ただ、いろいろと試行錯誤はありまして、
たとえばフィルムと樹脂をいっしょに成型すると、
樹脂は成型した後、溶けたものが固まっていくときに・・・。

岩田

縮むんですね。

後藤

そうなんです、縮むんです!
それにフィルムが引っ張られて、反り(そり)が出てしまうんです。
そこで、さまざまな検証を実施して設計変更し、
本体に固定しても問題なくフラットになるような仕様になっています。
ですからIMLを担当していただいた協力会社さんには、
だいぶ無理をお願いして、検証に協力していただきました。
そうやって試行錯誤を重ねながらつくったのに、
昨年のE3(※9)や任天堂カンファレンス(※10)などのイベントの後で、
どのメディアさんにも、そのことについて
いっさい注目してもらえなくて・・・(笑)。

岩田

あははは(笑)。

※9
E3=Electronic Entertainment Expo(エレクトロニック エンターテインメント エキスポ)の略で、米国のロサンゼルスで開催されるコンピューターゲーム関連の見本市のこと。ここでは2010年6月に開催されたE3を指す。
※10
任天堂カンファレンス=任天堂カンファレンス2010。2010年9月29日に、幕張メッセでゲーム業界の関係者向けに開かれた発表会。

江原

E3や体験会では什器に固定してたから・・・。

後藤

だから、バッテリーカバーは見えなかったんです。

岩田

E3のステージの上で、わたしが3DSを掲げたときも、
開いた画面のほうしかお見せしませんでしたしね。

後藤

実はこっそり期待していたんですけど(笑)。

岩田

そうだったんですか?(笑)
江原さん、どうしてバッテリーカバーを
全面にしようと思ったんですか?

江原

携帯ゲーム機って、
広告とかでは正面からの露出が多いんですけど、
日常生活のなかでは、たとえば電車のなかでお客さんが遊んでいるとき、
僕たちは背面のほうを見ることのほうが多いんですよね。
とくに3DSの場合は遊んでいる人の姿を見て
「あれは何だろう? 向こうで何が起こってるんだろう?」
と思ってもらいたかったので。

岩田

なるほど。人に見られるということも意識して
今回はデザインしたんですね。

江原

はい。そのひとつですね、バッテリーカバーも。

後藤

なので、バッテリーカバーにも注目してほしいです(笑)。

岩田

あと、IMLはボタン類にも使われていますよね。

宮武

そうです。ボタンの外観も
メタリック感のある本体と同じ質感にしたいと思いました。
というのは、今回新機能を持ったボタンがたくさん増えているんですが、
従来のボタンを本体に溶け込ませることで、
新たに加わったスライドパッドなどをわかりやすく
目立たせたかったんです。
また、幅広い年齢層の方に使用していただくことを考えて、
“A”や“B”といった文字についてもクッキリと印刷し、
可読性を上げています。

江原

金属の粉が入った樹脂で
メタリック調のボタンをつくることも可能なんですけど、
思ったより質感が合わなかったり、
金型の寿命の問題があったりするんです。
「ボタンもIMLでできたらいいよね」という
アイデアはずっとありました。
ただ、ここまで贅沢に使えるとは思っていなかったんです。
とくに十字ボタンでIMLを使うのはかなり難しいので。

後藤

そうですね。
IMLはフィルムなので、伸びたり縮んだりとか、
しわがよったりすることも多いんです。

岩田

平らなものならOKだけど、
十字ボタンは形状的に難しいんですね。

赤井

角が尖っていますので、
そこでフィルムが破れてしまったりという
不具合が起きてしまうことがあったんです。

岩田

確かにフィルムを入れて成型するには
十字ボタンは不向きな形をしていますよね。

後藤

でも、そこは協力会社さんの頑張りもありまして。

江原

だから、見る人が見たら「うおおっ」と思うでしょうね。

赤井

そうですね。
これまでのDSシリーズとは違って、
メタリック感のあるボタンになりましたので、
とても高級感が出せたようにも思いますね。