1. 「NHK」の看板を使うことの難しさ

岩田

たったいま、20年の時を越えて
生「クイズ面白ゼミナール」を体験したばかりということで、
まだまだ興奮冷めやらないのですが(笑)、
本日はわざわざ東京からご足労いただき、
ありがとうございました。

任天堂はちょっと変わったことをしておりまして、
自社製品の紹介をするのに、
わたしがインタビュアーとして
制作の関係者とお話しするようなことを
ずっと続けています。
最初はこんなに長く続くはずじゃなかったのですが、
振り返るとずいぶん長い間続いておりまして、
今回の『NHK紅白クイズ合戦』についても
ぜひ話をお訊きしたいと、わたしが強く希望して、
実現することになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

一同

こちらこそよろしくお願いします。

岩田

さて、それではみなさんから
簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。

菅田

NHKエンタープライズ・キャラクター事業部で
部長をしております、菅田と申します。
今回はプロジェクト全般の調整役を担当しました。

野上

同じくNHKエンタープライズの事業開発で
エグゼクティブ・プロデューサーをしております、野上と申します。
今回のソフトでは、NHKの素材がたくさん使われていて、
とても膨大なテキストが入っておりますので、
それをNHKの放送コードに照らし合わせたとき、
その文言でOKなのかといったチェックを主に担当してきました。

岩田

「NHKらしさ」を監修されていたんですね。

野上

そうです。この言葉はNHKの放送コードから見て、
使っていいのか、使ってはいけないのか、ということを
チェックしてきました。

江幡

同じくNHKエンタープライズの
チーフ・プロデューサーをしております、江幡と申します。
わたしは社内の「任天堂ゲームプロジェクト」のなかで、
任天堂の齋藤さんといっしょに窓口業務を担当しました。
現場では、クイズの作問から、NHKの動画の選定、
さらに動画からクイズを起こすといったことを、
社内の「クイズ制作部門」といっしょに
すすめてきました。

齋藤

任天堂 企画開発部の齋藤です。
いま江幡さんがおっしゃったように、
わたしは任天堂側の窓口として、
NHKさんとのいろいろな調整を担当してきました。

岩田

これを読んでいらっしゃる読者さんのなかで
NHKエンタープライズさんのことを
ご存知ない方のために、菅田さんから
簡単にご説明していただけますか?

菅田

はい。NHKエンタープライズは
NHKの関連会社として設立された株式会社です。
NHKには、過去に放送したり、
撮影した膨大な映像などの素材がありまして、
それを二次利用することが
NHKエンタープライズの業務のひとつになっています。

岩田

放送法によって事業範囲が定められている
NHKさんでは直接行えないことを
NHKエンタープライズさんで展開されているんですよね。

菅田

はい。受信料をいただいて、
国民のみなさまに放送でお返しすることが
NHKの事業目的なんです。
一方、NHKエンタープライズは
過去に放送された番組をDVDにして販売するといった、
映像の二次利用を行ったり、
キャラクターのライセンス事業などを行っています。

岩田

なるほど。それでは、どういうかたちで
このプロジェクトがはじまったのか、
その話は齋藤さんから訊くことにしましょうか。

齋藤

はい。2年前の2007年8月頃だったと思うんですけど、
NHKエンタープライズさんとお会いして、
「何か新しいことをいっしょにやりましょう」
ということになりました。
そこで、われわれ開発メンバーで企画を考えはじめたのですが、
そのときに、ひとつお題がありまして、それは、
「NHKさんの映像資産をいかに活用した商品にするか」
というものだったんです。
そのとき、自分のなかでいちばん印象に残っている
NHKさんの番組としてパッと頭に浮かんだのが
→「クイズ面白ゼミナール」(※1)でした。
この番組は、わたしが子どもの頃に
家族といっしょに見ていましたし、
とても強烈な印象として残っていたんですね。

岩田

たしかにあの番組は、本当に強烈でしたよね。
いまでも、強く印象に残っているという方が
たくさんいらっしゃると思います。

齋藤

わたしもそのひとりでした。
で、もうひとつ頭に浮かんだのが→「連想ゲーム」(※2)です。
この番組も家族といっしょに見ていて、
その2つがいちばん最初に思い出されたんです。
もともとNHKさんは
良質なクイズ番組をつくってこられていて、
そういった貴重な映像資産を利用して
クイズゲームをつくれば面白いんじゃないか
と考えるようになり、提案させていただいた、
というのがはじまりです。

※1

「クイズ面白ゼミナール」=『NHK紅白クイズ合戦』に収録されている、クイズゲームのひとつ。本放送は、1981年4月から1988年4月まで、7年間にわたってNHK総合テレビで放送された教養クイズ番組。主任教授(司会)は鈴木健二氏。

※2

「連想ゲーム」=『NHK紅白クイズ合戦』に収録されている、クイズゲームのひとつ。本放送は、1969年4月から1991年3月まで、22年間続いたクイズ番組。歴代の司会はNHKアナウンサーがつとめ、初代キャプテンは白組が加藤芳郎氏、紅組は中村メイコ氏だった。

岩田

企画の最初の段階から
「クイズ面白ゼミナール」や「連想ゲーム」など、
往年の人気番組を使いたいということだったんですね。
その提案をNHKエンタープライズさんが聞いたとき、
どんな印象だったんですか?
「困ったことになったなあ」だったんでしょうか。

菅田

それが・・・深く考えずに喜んでしまいました(笑)。
そのとき、あとで自分たちがどれだけ苦労することになるのか、
まったく想像できなかったんですね。
たとえば「連想ゲーム」ですと、
いままではただ見てるだけの番組だったのが・・・。

岩田

見ている人も参加できるようになりますね。

菅田

もう、それは夢みたいな話ですよね。
テレビ番組ではできないことも、Wiiならできますし、
しかも家族でいっしょに楽しむこともできる。
かつては見ているだけだったのが
番組に参加できるのは、
ひとつのチャレンジになりますし、
これは着眼点がすばらしいと思いまして、
最初は大喜びだったんです・・・けれども・・・。

岩田

けれども?

菅田

齋藤さんから製品タイトルとして
「NHK」をつけたい、という話をいただきまして。
さらに「紅白」もつけたいと。

岩田

そんなことは前代未聞だったんですよね(笑)。

菅田

そうなんです。
会社から「お前は何を考えているんだ?」と、
周りからボロクソに言われまして(笑)。

岩田

「NHK」「紅白」という名前の商品が、
NHKさん以外の会社から出るのはあり得ないことなんですよね。

菅田

はい、“NHK”の3文字の
2次展開商品での使用は
NHKが厳格に運用していますので、
何でも使えるわけではないのです。
コンテンツや素材そのものを使うのは
フイルムやビデオを加工するだけでいいのですが、
たとえばいま、グラッと揺れたら、
地震情報を得るために、まずはテレビをつけますでしょう。
「グラッときたらNHK」と言われるくらい、
公共放送としての信頼感を守ることが
NHKではいちばん大切なことなんです。
われわれ関連会社にとっても、
そこは最大限守らなきゃいけない大切なことなんです。

岩田

「紅白」というタイトルも含めて、
この件は、NHKさんの理事さんたちにまで
話題が上がったそうですね。

菅田

そうなんです。

岩田

わたしはその報告を聞いて、
ずいぶん大変なことになったと思いました。

菅田

わたしとしては、ぜひとも
この企画を推進したかったのですが、
NHKのなかでは多少時間がかかりました。
ですから、わたしはもうダメかなと思っていたんです。
ところが、齋藤さんたちと最初に打ち合わせをしてから
半年後の2008年の2月頃になんとOKが出たんです。
「これからは新しいNHKにしよう」という空気が
組織や局内に浸透しはじめたからなんです。