2. テレビ画面の中心と端っこの話

岩田

やはり「NHK」や「紅白」のように、
NHKさんがとても大切にされてきた看板が
他社の商品の名前として使われるような
前例のないことに合意する(※3)ことは、
なかなか一筋縄ではいかなかったんだろうなと思います。
ただ、そういった看板や過去のクイズ番組を使うということに
経営陣の方々のご理解もいただいて、
最終的にNHKさんのOKが出たんですね。
それ自体がとても大きなハードルだったとは思いますけど、
そのあともいろんなハードルを越えなければならなかったんですよね。

※3

前例のないことに合意する=ゲームソフトでは初。出版物などでは、番組関連本の場合「NHK」ロゴの使用例はあり。

菅田

それこそ出会ったこともないような
大きなハードルが待ち構えていました(笑)。
わたしたちはいままで、窓口として、
監修することを仕事のメインに行ってきました。
ところが今回は「制作の一部をいっしょにやりましょう」と
齋藤さんからご提案いただいて、
わたしたちもそのように取り組みはじめたのですが、
テレビの番組とゲームは
同じテレビを通して楽しむメディアですけど、
そこには大きな違いがあったんです。

岩田

ビデオゲームとテレビ番組は、
具体的にはどんなところが違うと思われましたか?

菅田

その説明は野上さんにお願いしましょう。
野上さんはもともと、
ドキュメンタリー系の報道番組を担当されていました。

野上

はい、わたしは2008年の夏に、
出向というかたちでNHKエンタープライズにまいりましたが、
その前に25年間ほど、ドキュメンタリー番組をつくっておりました。

岩田

放送の制作現場から
NHKエンタープライズに来られて、
あえてこの表現を使いますが、
いきなりこのプロジェクトに巻き込まれてしまったわけですが、
そのときにどんなことを感じられましたか?

野上

巻き込まれた当初は
わからなかったのですが、
作業を続けていくうちに、
次第に感じてきたことがありまして。
ゲームはテレビの画面を使って表現されるものですし、
テレビの番組も、同じテレビ画面を使うものなんですけど、
テレビの番組をつくるときは、
番組の流れのなかで映像を捉えるわけなんです。
ところが、今回の『NHK紅白クイズ合戦』では、
映像を捉えてチェックするというよりは、
むしろ静止画を見るような感じで
1枚1枚、止めて見るようなことをしていたんです。

岩田

テレビ番組とはずいぶんやり方が違うわけですね。

野上

かなり違っていたと思います。
わかりやすい例で申し上げますと、
カメラマンは、たとえば人物を撮影するとき、
いちばん伝えたいものが
画面の中心になるように撮るんです。

岩田

伝えたい情報はいつも中心に来るんですね。

野上

これはもう習性のようなもので、編集するほうも、
画面の中心に映像の意味あいを持たせようとしますから、
最近のテレビの画角はとてもワイドになりましたけど、
実は中心以外の周りの部分の映像は
ドキュメンタリー番組ではほとんど意味がないんです。

岩田

なるほど。

野上

仮に周りを黒で隠しても、
ほとんど同じ情報が伝わるんです。

岩田

周りに何が映ってるか、
見ている人にはあまり関係がないんですね。

野上

関係ないんです。むしろそれはジャマな情報で。
ですから、ジャマな情報を捨てて、
さらに対象の人物の心情に迫りたいときは、
ズームインという手法を使うわけです。
周りを切って、対象の人に寄っていくわけですね。
ですけれども、今回お仕事をさせていただくなかで感じたのは、
ゲーム画面の設計というものが
たぶん中心と端っこという発想ではないんですよね。

岩田

ああ、そうですね。
ゲームを遊ぶときのお客さんは
中心以外にいろんなところを見ますから、
「ここだけ見てください」ではないですね。
ゲーム画面の端っこにも、いろんな情報やヒントがあって、
それをお客さんが見ることを想定しながら
ゲームをつくっていますね。

野上

ですから、テレビ番組は
ビデオ撮影した映像を編集していると
端っこのほうにジラジラが出ることがあるんですけど、
そのカットがあったほうがスムーズになる場合は
そのまま使うこともあるんです。

岩田

視聴者の方は、中心を見ているから
隅っこのジラジラは気にならないんですね。

野上

そうなんです。
ところが同じ映像をゲームに当てはめてみると、
隅っこのジラジラがどうしても気になってしまって
カットせざるをえなかったりするんです。
ですから、誤解を招くような言い方になるかもしれませんけど、
ゲームの映像の使い方というのは
動きのある映像というよりも
むしろ静止画的なものに近い印象を受けたんですね。

岩田

なるほど。

野上

それがわかったことは、
わたしにとってすごく新鮮な経験でした。

岩田

これまで25年間、
ドキュメンタリー番組をつくられてきて、
そこで経験したこととは違うものだったんですね。

野上

まったく違いました。
いままでずっと映像の仕事に関わってきましたけども、
「使い方を変えれば、まったく違う活かし方があるんだな」
という可能性を教えていただいたような気がします。

岩田

なるほど。それと今回、
NHKさんの過去の映像を使わせていただくにあたって
権利処理が大変だったと聞いたのですが、
実際にどういうことが起こったんですか?

野上

その話でしたら、江幡さんから。

江幡

あ、はい。

菅田

泣きながら話してもいいですよ(笑)。

江幡

(笑)。
やっぱり膨大なNHKのアーカイブスのなかで、
クイズにして面白い映像を選べば選ぶほど、
その権利処理が大変だったんです。

岩田

それはつまり、いい素材を選ぶことと、
権利処理が難しくないということとは、
ほとんどトレードオフの関係で
衝突していたということですか。

江幡

そうなんです。
たとえば、みなさんがよくご存じの
NHK連続ドラマなどを元にクイズ問題をつくりたいと思っても、
そこに映った役者さんの方の権利の問題があったりですとか・・・。

野上

それに「クイズ面白ゼミナール」でも
鈴木健二さんの横に女性のアシスタントさんが映っていると、
本当はそのまま使ったほうがわかりやすいんですが、
ずいぶんむかしの映像なので
その女性の方がどこの事務所の誰なのか、
いまとなっては探りようがなかったりするんです。

岩田

この映像はいいと思っても、
新たなハードルが現れてきたりするんですね。

江幡

それは、人物だけではなく、
動物や植物が映っているような自然映像であっても、
権利問題が生じることもあるんです。

岩田

え?動物や植物にも権利処理が必要なんですか?

江幡

はい。海外との共同制作になっていたりすると、
そこでまた権利問題が発生するんです。

岩田

なるほど。

江幡

それに、神社仏閣などの
すばらしい映像を使いたいと思って問い合わせても、
「ゲームで使用させてください」と言われるのが
初めてのところが多くて。

岩田

ああ、「前例がない」と言われるんですね。

江幡

そうなんです。
ですから、NHKが撮った映像であっても、
ゲームで使った前例がないということで
残念ながらお断りをいただいたところもありました。