4. 百科事典は見開きで読む

岩田

わたしはいま、社長をやっておりますが、
もともとビデオゲームの制作をしていたんです。

鈴木

はいはい。

岩田

ですから、モノをつくるということに
すごく特別な思い入れと気持ちがあるんです。
で、モノをつくるときに
なぜこんなに長い時間エネルギーをかけたり、
休みをつぶしたりしてでも、ちょっとでもよくしたいかというと、
それを味わった人に、面白いと感じていただいたり、
ニッコリするのが見たいからなんです。
鈴木さんの動機や、その職人魂的な部分でも
極めて、たぶん近いところにあるはずだというのが
わたしの仮説でもあるのですが。

鈴木

そうですね。
どうしたら面白くなるだろうとずっとやっていました。
いまでも多くの人から
「『面白ゼミナール』をやってらっしゃいましたね」
と言われることが多いのですが、わたくしにとっては
「ああそうか、そういう番組をやっていたこともあるな」
という程度なのです。
中身はひとつも覚えてないんです。
自分で問題をつくったり、資料も集めましたけれども、
「一丁あがり、一丁あがり」の職人ですから。
「申し訳ございません。一生懸命やったんでございますけれども、
こんなものしかできませんで、申し訳ございません」と
こうべを垂れながら帰ると。
それがわたくしの基本なんです。

岩田

事前にあらゆる準備をして、
あらゆることが頭のなかで完璧につながった状態で
本番に出て行かれるんですけど、
終わったら、それを保つ必要がないので、
そのために準備したことは捨てられるんですね。
そうしながら、ずっと番組をまわしてこられたことは、
世の中のほとんどの人はご存じないんですよね。

鈴木

だから、マスコミの人はみんな
「台本を丸暗記してくる」と書いているんですね。
でもわたくし、先ほども言いましたけど
台本なんて、見たこともないんです。

岩田

あらゆる角度から、どんな展開になろうと、
どんなことになろうと、
頭のなかで立体像が全部つながるまで準備してから
本番に行きますと。
そうでないと職人としてこの仕事をする価値がない
というくらいに思ってらっしゃったんですね。

鈴木

そうです。まったくその通りです。
プロ野球の監督が、前の晩に、
試合の展開を1回の表からずっと考えて、
何回の表にピッチャーがダメになったら、誰を出そうとか、
こういうチャンスが来たら、ピンチヒッターに誰を出そうとか、
ずっと考えて、最後は勝つように考えるんですが・・・。

岩田

でも、なかなかその通りにはなりませんね(笑)。

鈴木

そう、でもそれは、番組でもいっしょなのです。
何が起きてもいいように、わたくしの場合は、
とにかく準備をして準備をして、
資料を見ているうちに、数字でも何でも覚えてしまうんです。
でも、みなさんが数字を覚えるとき、
言葉で言い換えたりしてるじゃないですか。

岩田

「なくよ(794)ウグイス平安京」みたいに。

鈴木

あれ、1回もやったことがないんですね、わたくしは。
覚えた数字を書くのは簡単なんです。
ただ数字を並べればいいわけですから。
だけど、覚えた数字を言葉に出して言うのは
難しいんだそうです。
単位も言わなければいけませんでしょう。
何兆何億何千何十何万と。

しかも、自分の生活と何ら関わりのない
その場限りのクイズという番組で、
数字をいくつもいくつも言うというのはですね、
それは大変難しい仕事なんだそうです。
でも、わたくしにしてみると、
何の難しいことはないんです。
「あ、これはこんなに大きなことなんだな」と
ふつうに覚えて、あるものを説明するときに
「これはこんなに大きいことなんですよ」と言う代わりに
数字を使って大きさを表現しようとしただけの話ですから。

それで、ずっと数字に向き合っていると
いろんなことが見えてくるようになるんです。
たとえば宝くじの問題をやったことがありまして、
せっかく当選したのに取りに来ない人がいるんです。
それが莫大な数になるんですね。
で、わたくしは最初にスタッフとの打ち合わせのときに、
そのデータをもらったんですが、
「ちょっと少ないんじゃないか。もっといるはずだ」と。

岩田

鈴木さんのこれまでの経験から
そのデータが間違ってるように感じられたんですね。

鈴木

その資料は、みずほ銀行さん、
当時の第一勧業銀行さんがつくったものだったのですが、
どう見ても少なすぎると感じまして
勧銀さんに電話したら、「それでいい」と言うんです。
そこで、わたくしはその数字を覚えまして、
ゲストの方も全員座って、
「はい、お待たせしました。じゃあ本番行きますよ」と、
わたくしはスタジオで大きな声を出すんです。
みんなを励まそうと思ってですね。

岩田

それでみなさん盛り上がって、
収録がはじまるんですね。

鈴木

そうなんです。
そんなところに勧銀さんの人が駆け込んできたんですよ。
「間違えてました! これが正しい数字です」と。
見たら、全部違っていたんです(笑)。

岩田

本番直前に(笑)。
それは何でも覚えて本番に臨む鈴木さんにとっては、
偉大な挑戦ですね。

鈴木

そこで1等、2等、3等、4等、5等、6等と
全部の数字を覚え直さなきゃいけなかったんです。
それでも本番では間違えることはありませんでした。

岩田

それはすごいですね。
一見ランダムにも見える数字をポンと見せられて、
間違わずに一発OKでやれるというのは。

鈴木

長い間の習慣で、数字をスパーンと覚えて、
数字のかたちが頭に入るんでしょうね。

岩田

数字のかたちを頭に入れると。
それは誰にもできることではありませんよね。
そういったことは子どもの頃から得意だったのですか?

鈴木

わたくしが中学に入りましたときに、
担任が英語の先生だったんです。
入学式のときに、教室で待ってたら、
その先生が入っていらっしゃって
いきなり何かしゃべりはじめたんですよ。
それはわたくしが生まれて初めて聞く
英語というものだったんですね。

そのときに先生に訊いたんです。
「先生は英語でしゃべりますけど、
いちばん元で考えるときは、
英語で考えるんですか? それとも日本語ですか?」と。
そしたら先生は
「君は面白いことを言うねえ」と言われたんです。

ところが、その3ヵ月後に召集令状が来まして、
先生は兵隊に行くことになったんです。
で、兵隊に行くときにみんなで見送りに行ったんですね。
で、そのとき、わたくしは先生に
「いろいろな言葉があるのは不便じゃないですか?
何か世界中の人がわかる言葉はないんですか?」と訊いたら、
エスペラント語(※4)というのがあると言うんですね。
そのとき初めてエスペラント語の存在を知ったんですけど、
それで、「そういういろんなことを知るためには、
何をしたらいいですか?」と訊いたら、
「うん。百科事典というのがあるんだよ」と。

岩田

はい。

※4

エスペラント語=1880年代に、世界中で通用する国際語として考案された人工言語のこと。

鈴木

「百科事典を調べれば、いろんなことが書いてあるよ」
と先生から教えられて、
「バンザイ」と叫んで先生をお見送りしたあと、
わたくしはそのまますぐに学校に戻って、
図書室に行ったら百科事典があったんです。
わたくしはそれまで、世の中でいちばん厚い本は
電話帳だと思っていまして(笑)。

岩田

電話帳よりも厚い本が、しかもたくさん(笑)。

鈴木

ええ、しかも重くてですね(笑)。
それで、そのときからの習慣なんですが、
たとえば「お茶」を引きますね。
それが左のページの上のほうに書いてある。
で、その開いたページの両方を全部読んでしまうんです。
それがいつか役に立つんですね。
もちろん、わからないですよ、書いてあることが難しすぎて。
それでも、とにかく読むんです。
そこで、あとから「お茶」のことを思い出すとき、
百科事典の左ページの上のほうに書いてあったなと。

岩田

映像で覚えていらっしゃるんですね。

鈴木

それを思い出せば、
そこからつながって、いろんなことを思い出すんです。
それでずいぶん助けられました。
そういうことで、100調べてひとつ使うけど、
残りの99もいつか、何かのかたちで役に立ってくるんです。