3. 国内で2000万人を突破したMii人口

岩田

別府さん、“カレンダー派”と“お茶の間派”の
2つに分かれたという話でしたけど、
具体的にはどのように意見が分かれたんですか?

別府

『Wiiの間』のメイン画面を
“お茶の間”にするのか、 “カレンダー”にするのか、
最初は意見が分かれていたんです。
“カレンダー派”は電通さんの精鋭チーム4名で、
“お茶の間派”はわたしひとりだったんです。
その4対1の関係が、3ヵ月間も続きまして。

岩田

任天堂もヒドイ会社ですね(笑)。
別府さんひとりに担当させるなんて。

別府

(笑)

岩田

もちろんわたしは相談には乗ってましたけど。

別府

だから2人ですね(笑)。

岩田

でも、わたしは当然専任ではないので・・・。

別府

じゃあ、1.5人ということで(笑)。
で、多数派の“カレンダー派”は、
カレンダーというフォーマットに対して
とてもコダワリを持っておられたんです。
たとえば、○月○日に家族で映画を見に行くとか、
○月○日はお母さんの誕生日だとか、
カレンダーというフォーマットを使えば
毎日の日常をデザインすることができると。

岩田

電通さんのなかには
カレンダーを使えばこういうことができるという、
具体的なイメージがあったんですね。

湯川

はい。カレンダーを使えば、
“家族・生活・絆”というコンセプトを
実現できると思ったんです。

別府

それに、カレンダーだと
この日に新しい情報が出るということがわかりますし、
広告会社としてもひじょうに便利だとは思うんです。
もちろんわたしも、それは魅力的だとはわかりつつも、
なんとなく“人肌感”を感じることができなくて。

岩田

“人肌感”を感じないというのは?

別府

任天堂は、120年前に花札を、
107年前にトランプをつくりはじめたと聞いています。
26年前に発売したファミコンも同じですが
“お茶の間”という場で人が集まるからこそ
楽しくなる娯楽をずっと提案してきた会社だと思うんです。
だから、“お茶の間”というのは
任天堂のアイデンティティでもあると思うんですね。
世の中はどんどんパーソナル化が進んでますけど、
そんな時代だからこそ、
“お茶の間”に存在する人肌感にこだわりたかったんだと思います。

湯川

そこで、“お茶の間”があって、
その中に家族の予定などを書き込める
“カレンダー”があるのはどうか、
という話に展開していったんです。

岩田

そのときに、おぼろげながらも
『Wiiの間』のイメージができあがったんですね。

別府

はい。

トニー

そのディスカッションを通じて、
湯川さんは、一時とはすっかり人が変わったと
電通さんのなかで言われてたんでしょう?(笑)

岩田

湯川さん、人が変わったんですか?(笑)

湯川

そうなんですよ、はい(笑)。
たとえば、ゴミが落ちていたりすると、
それを拾ってゴミ箱に入れるとか。
あと、おばあちゃんがふらふら歩いていると、
手を携えてあげるとか。
そういったことは当たり前のことだと思うんですけど、
従来の僕は、そのようなことをまったくしていなかったんです。

でも、『Wiiの間』の仕事にかかわるようになって、
そういう心構えじゃないとダメだと思ったんです。
“家族・生活・絆”というキーワードが出てきたときに、
“自分の会社”だとか“ビジネス”とかという単語ではなく、
もっと人としての原点のところで
人はどんなことをやったら喜ぶのかとか、
人はどんなことをされたら悲しむのかとか、
そういうことをじっくり考えるようになって、
その結果、たぶん身近で起こることに
いままでよりも敏感になったと思うんです。

岩田

それまでは、見て見ぬふりをしていたのを、
そこを一生懸命考えていたら
いつのまにか自分の行動も変わっていた、
みたいな感じなんですか?

湯川

そうですね。そういう行動を何人かに見られて・・・。

岩田

「湯川さん、人が変わった」と
指摘されるようになったんですね (笑)。

湯川

はい(笑)。

岩田

湯川さんの人が変わって、
“カレンダー”と“お茶の間”という
2つのキーワードを使う基本構造も見えてきて、
『Wiiの間』に
ある意味で人生をかける価値があると、
そう思えるようになるような手ごたえを感じたのは
どんなときだったんですか?

別府

いろいろディスカッションを続けているプロセスで、
“オススメ”というキーワードが出てきたんです。
人にオススメするときって、
本当にいいものでないといけませんから。

岩田

自分の信用がかかってますからね。

別府

一方で、
ファッションにしても音楽にしても映画にしても、
自分で選ぶと、どうしても
同じようなものばかり選んでしまって・・・。
逃れられないというか。

岩田

どうしても、自分なりのパターンになって
その枠から出にくいんですよね。
だから「いつものやつ」になっちゃうことが多いんです。

別府

そうなんです。
それは安全だし、ハズレはないんですけど・・・。

岩田

冒険もできないし
新しいものにもなかなか出会わないんですね。

別府

でも、誰かから「この本を読んだら?」とか
「このレストランはおいしかったよ」と言われたり、
プレゼントでもらったりすると
そこで新しい発見があるんですよね。
それで、“オススメ”というキーワードは
とても大事だと思ったんです。
じゃあ「誰がオススメするの?」となったときに
「そうだ、任天堂にはMiiがいる!」と。
それぞれに個性のあるMiiが
本当によいと思うものをオススメするという構造になれば、
「もしかしたらコレは?」という手ごたえを感じました。

湯川

わたしが手ごたえを感じたのも
別府さんと同じで、Miiを使うことが決まってからなんです。
そういう発想に至ることができたのは、
別府さんがしぶとく3ヵ月も(笑)、
“お茶の間”にこだわり続けたからだと思うんです。

岩田

“カレンダー”だけだと
Miiを活かすようなことはなかなかできませんしね(笑)。

湯川

はい。
それに、よくメールで「オススメ」といって
無機質な文字でどんどん送られてきたりしますけど、
僕なんかは、それを読むのが面倒なので
どんどん削除してしまうんです。
でも、誰かが訪ねてきて、
自分が居心地のよいお茶の間で
何かをオススメしてくれると、
文字の羅列では味わえない
とても豊かな気持ちになれると思うんですね。
そういうことが『Wiiの間』のイメージとして浮かんだときに、
手ごたえとして感じることができました。

岩田

Miiがピンポーンと『Wiiの間』にやってくる構造が
イメージとして見えるようになったときに、
「これは新しいものが生まれるかもしれない」
「これはエネルギーをかけて実現する価値がある」と
2人とも思ったんですね。

別府・湯川

はい。

岩田

ちなみに、最近行った任天堂の調査によると、
→日本には自分のMiiを持っている人が
2000万人以上いる
ことがわかったんですよ。

トニー

2000万人ですか!

鈴木

それはすごい!

岩田

これは、
2009年10月の調査でわかったんです。

湯川

それは、すごい数字ですね。

別府

それだけの数のMiiのベースがあって、
そのMiiたちがオススメしたり、
コミュニケーションのキッカケにもなったりする・・・。

岩田

だから、Miiがあったことは
『Wiiの間』の運命を決定づけたと言ってもいいんでしょうね。

別府

本当にそう思います。