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社長が訊く『ニンテンドー3DS』ソフトメーカークリエーター 篇

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第18回:『世界樹の迷宮IV 伝承の巨神』
1. 「RPGをつくりたい」

岩田

本日はニンテンドー3DSソフト
→『世界樹の迷宮IV 伝承の巨神』のお話ということで、
アトラス(※1)の小森さんと金田さんに
お越しいただきました。
今日はよろしくお願いします。

※1

アトラス=株式会社インデックスのゲームブランド。

小森・金田

よろしくお願いします。

岩田

まず、これまでの『世界樹の迷宮』シリーズ(※2)とのかかわりと、
今作で何を担当されたかというお話を
小森さんからお願いします。

※2

『世界樹の迷宮』シリーズ=ダンジョン探索型のロールプレイングゲームシリーズ。第1作目は、2007年1月にニンテンドーDS用ソフトとして発売された。最新作『世界樹の迷宮IV 伝承の巨神』は、ニンテンドー3DS用ソフトとして、2012年7月5日発売予定。

小森

はい。シリーズディレクターの小森です。
『世界樹の迷宮』は6年くらい前、
立ち上げの段階の企画書を見せてもらい、
とても興味を惹かれたので、「是非に!」と
スタッフに立候補して参加したタイトルです。
『II』(※3)と『III』(※4)ではディレクターでした。
今作もプロデュースおよびディレクションを行う予定だったのですが、
ほかの商品と開発時期が重なってしまい、
「どうやって進めていこうか」というときに、
金田が「やります!」と手を挙げてくれたので、
彼にディレクターを任せることにしました。

※3

『II』=『世界樹の迷宮II 諸王の聖杯』。2008年2月にニンテンドーDS用ソフトとして発売された、シリーズ第2作目。

※4

『III』=『世界樹の迷宮III 星海の来訪者』。2010年4月にニンテンドーDS用ソフトとして発売された、シリーズ第3作目。

岩田

では、金田さん、お願いします。

金田

はい。その話のつづきになりますが、
ディレクターを担当した金田(かなだ)です。
ディレクターというかたちでは
本作がはじめての参加となります。
ほぼ完成、というところまでこぎつけました。

岩田

これまでのシリーズにもかかわられていたんですか?

金田

はい。『I』でバトルシステムの
アドバイザーを担当していました。
そのときは『カドゥケウス』シリーズ(※5)
ディレクションもしていたので、
僕が『カドゥケウス』をつくっている隣で
いつも『世界樹の迷宮』がつくられている・・・
という状況でした。

※5

『カドゥケウス』シリーズ=「手術」をテーマにしたアクションゲームシリーズ。第1作目は、2005年6月にニンテンドーDS用ソフトとして発売され、その後、ニンテンドーDS用ソフトとして1作、Wii用ソフトとして2作、シリーズ全4作が発売されている。

岩田

わかりました。ありがとうございます。
さて、本作『IV』の話を訊く前に、
まずは『世界樹の迷宮』をつくってこられたおふたりの
バックボーンをお訊きしたいと思います。
まずは小森さんにお訊きしますが、
小森さんがビデオゲームとかかわった
キッカケは何でしたか?

小森

僕の世代はみんな同じだと思うんですけど、
小学校低学年のころ、ファミコンに熱中しました。
友達とカセットを持ち寄って遊んで、
というのが新鮮な体験でした。

岩田

当時、“テレビの中で自分の操作したものが動く”
というのは、とても衝撃的でしたよね。

小森

はい。とくに夢中になったのが
『ドラゴンクエスト』(※6)です。
自分がゲームのキャラクターとなって
冒険するのがすごく楽しくて、
それが楽しい原体験になっています。
中高生になったら、
今度はテーブルトークRPG(※7)にはまって・・・。

※6

『ドラゴンクエスト』=シリーズ第1作目はファミコン用ソフトとして1986年5月に発売され、家庭用ゲーム機におけるロールプレイングゲームの代名詞ともなった。

※7

テーブルトークRPG=紙や鉛筆などを用いて、テーブルを囲んだ数人のメンバー同士の会話とあらかじめ決められたルールに従って冒険などを進めるパーティゲームの一種。ゲームは「ゲームマスター」と「プレイヤー」との対話を通じて進行していく。はじめに、ゲームマスターがゲームのシナリオや攻略するダンジョンなどを考え、プレイヤーに説明する。その後は「プレイヤーが行動を選択」→「ゲームマスターがルールブックに従い、その行動の正否を判定」をくり返してゲームを進めていく。

岩田

あ、そちらにいかれましたか。

小森

はい。学生時代は美術部だったんですけど、
美術室を“テーブルトークRPG部”にしていました(笑)。
『D&D』(※8)を皮切りに
数多くのテーブルトークRPGを遊ぶ学生生活でした。

※8

『D&D』=『ダンジョンズ&ドラゴンズ』。1970年代にアメリカで発売された、世界で最初のテーブルトークRPG。現在でも根強い人気を誇る。

岩田

美術部そっちのけですか?(笑)

小森

はい(笑)。学校でテーブルトークRPGを遊び、
家でコンピューターゲームを遊んでましたね。
なので、卒業後の進路を考えたとき、
自分の好きなことを仕事にしたいと考えたのですが・・・。
当時はそういった仕事を見つけることも難しく、
結局、普通に地元で就職しました。

岩田

「ゲームが好きだけど、趣味としてつき合っていくしかない」
と一度は決断したわけですね。

小森

そうだったんですが、
でもやっぱり「違う」と思って、
3日でその会社をやめました(笑)。
で、地元ではなく京都まで足を運んで仕事を探して
無事、ゲーム会社を見つけて入ることができました。
そこへ出社したら、
前作の仕様が書かれたノートを1冊、ポンと渡されて、
「次のゲームの企画はきみひとりで考えなさい」と言われて。
「ええ? ゲームってすごいつくりかたをするなぁ」と思いながら、
ひとりで仕様書を書いて、独学でつくりかたを覚えていきました。

岩田

それはいまの時代に比べて
「ひどい目にあった」とも言えるし、
「すごく恵まれていた」とも言えますよね。

小森

個人的にはすごく恵まれていたと思っていて、
いま、自分が新人にいきなり
「ゲームを一本つくってみて」なんて言えないですし、
「当時の上司はいい人だったなぁ」と思っています(笑)。

岩田

『ドラゴンクエスト』に夢中になったり、
テーブルトークRPGに深くはまったりしたことは、
小森さんのゲームづくりに影響を与えたと思いますか?

小森

そうですね。RPGというジャンルが好きになり、
「大好きだったRPGをつくりたい」と
考えるようになったのはその影響です。
なので数年後、関西に支社があったアトラスを受けたんです。
アトラスなら『真・女神転生』(※9)をつくっていたし、
RPGをつくれると思ったので・・・。

※9

『真・女神転生』=1992年10月にスーパーファミコン用ソフトとして発売されたRPGソフト。

岩田

じゃあ、アトラスに入って、
すぐ念願のRPGをつくれたんですか?

小森

それが、アトラスでRPGをつくっていたのは
なんと・・・東京本社でした。

一同

(笑)

岩田

関西ではつくっていなかったんですか?(笑)

小森

はい・・・(苦笑)。
それでしばらくは格闘ゲームをつくっていました。
でも、もともとRPG以外のゲームも好きでしたから、
仕事には楽しく取り組みつつ、
「いつの日かRPGをつくりたいな」
と祈っていました。