社長が訊く
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社長が訊く東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授監修 
ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング』

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社長が訊く『東北大学加齢医学研究所 川島隆太教授監修 ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング』

川島隆太教授 篇

目次

3. スポーツにも

岩田

いまのお話は、不思議ですね。
クリエイティビティーとワーキングメモリーに
相関関係があることが、想像しにくいですから。

川島

はい、僕らも想像しにくいんです。
ワーキングメモリーとは、高度な脳の働きの根っこなので、
そこを上げれば、いろんな機能が伸びるのはわかるんですが、
クリエイティビティーとは、少し違うところにある気がしますよね。

岩田

でも、先生なりに仮説をお持ちですよね。

川島

以前「クリエイティビティーとは何ぞや?」
ということを調べる、脳の研究をしたことがあるんです。
学生に猫の絵と普通のはしごの絵を見せて、
「融合したら何ができるか?」を考えてもらいました。
じつは、これを考えるときは前頭前野を使います。
ですから、我々が測定しうる“クリエイティビティー”とは、
ワーキングメモリーと同じ、少なくとも同じ場所を
共有して使っている可能性があるんです。
つまり、心理学的には遠い存在に見えても、
「脳の中ではじつは同じ、もしくは近いものではないか?」
というのが、もうひとつの仮説です。

岩田

なるほど。
「ワーキングメモリーを鍛えると、
 どうしてクリエイティビティーが向上するのか?」という話と、
「読み書き計算が、どうして高度な脳の機能に
 よい変化を与えるのか?」ということと、話が似ていますね。

川島

はい。ただ・・・記憶のワーキングメモリーを扱う場所は、
極めて限られた領域といわれていますから、
なぜ、それ以外の領域まで体積が増えるかは、わかっていません。
それを調べるために、いま動物実験をしていて、
現時点では、ねずみに運動学習をさせると
体を動かすための脳の部分の体積が増える、
という現象はMRIで確かめています。

岩田

十分な数のねずみで比較実験をして、
明確な差があったということですね。

川島

はい。脳のシナプスが増えていることも確認できました。
さらに、遺伝子のスイッチの入り方も変化することが、
現時点でわかってきています。
ということはトレーニングをすると、
「ある領域の遺伝子の発現パターンも変化して、
 それが相互に連関して脳の体積が広がっていくのでは?」
と僕は考えています。ですから近い夢としては、
ねずみで『脳トレ』をしたいと思っています。

岩田

ねずみに『脳トレ』ですか?

川島

はい。DSは使えないですけれども(笑)。
ねずみに頭を使うトレーニングをやらせたいんです。
そうすれば、もしかしたら人間のように、
広い範囲の脳の領域が
変化する現象が見られるかもしれません。
そうすると、使っている脳の部分の遺伝子発現のパターンと、
使ってないのに体積が増えた部分の遺伝子発現のパターンを
比較して調べていけば、さらに秘密がわかるのでは・・・と
思っています。

岩田

はい。ところで、いまからちょうど3年ほど前、
「DSでこういう新しいトレーニングソフトを
 実験用につくってもらえませんか?」
と、川島先生から任天堂にお声がけいただきましたよね。
そこで『脳トレ』チームがつくって、
先生にご提供して、あることに使っていただきましたが、
その話をお訊きしたいのですが・・・。

川島

はい。僕は仙台大学という
体育大学の教授と親しくしているんですが、
仙台大学はウインタースポーツの
オリンピック選手まで出しているんです。
そこの教授が、
「スケルトンの選手の力をもっと伸ばす方法はないか?」
という相談を我々のところに持ってきたんです。

岩田

はい。

川島

スケルトンは、オリンピックのルールで、
自国以外の選手は数回しかコースを試滑させてくれないんですね。
だからあらかじめ、コースを全部、
頭に入れて勝負しなきゃいけないらしいんです。
なので、ワーキングメモリーを鍛えて容量を増やしてやれば、
コースをしっかり頭に入れたうえで、
つぎに何が起こるかを予測しながら滑れるので、
運動能力も上がるはず・・・という話をしました。

岩田

すごく面白い話ですよね。
「なぜ、スポーツに『脳トレ』が関係あるのか?」
というのが、普通の方の感覚だと思うんです。
ですが現実に、スポーツは脳が瞬時に判断するもので、
たとえばスケルトンはある意味、
コースを完璧に覚える究極の
“覚えゲー”の構造なんですよね。

川島

はい、そうですね。

岩田

でも人間がやる以上、
理想どおりのラインでは滑れません。
必ず、理想のラインからズレたとわかったときに、
その先の2つ、3つのコーナーでどう補正するかを
瞬時に判断する必要があるんですね。
だからこそ、「脳の機能が強化されたら、成績はよくなるはず」
というのが先生の仮説だったんですね。
わたしもびっくりしたんですけど、
その選手の方はオリンピックの代表選手に選ばれるほど、
急速に成績を伸ばされたそうですね。

川島

そうなんです。
代表になった選手だけでなく、
ワーキングメモリーのトレーニングをした
選手全員の能力が上がりました。
まあ、ミスしたときにコースを再計算するのが、
まさにワーキングメモリーの働きなので、
この容量が大きくなればブレをどんどん修正できますから、
僕からすると予想どおりではありましたけど、
正直、ここまで効果が出るとはおどろきました。
おそらく集団スポーツに適用すると、
もっといい効果がある自信があります。

岩田

もし、強くなりたいサッカーチームや、
バレーボールチームがあったら、
川島先生に相談するといいかもしれないですね。

川島

本当は、ジャパンチームにきてもらって、
「オリンピックで日の丸をいっぱい揚げたい!」
と本気で思っていました。
そのときの冬のオリンピックは残念な結果でしたけど、
うまくいっていたら、ロンドンオリンピックで
わたしは“『脳トレ』大使”として行く予定でしたから(笑)。

一同

(笑)