2. キーボードは楽器

岩田

キーボードは、ある程度学ぶまでは苦行ですからね。

山名

まさに苦行・・・ですよね(笑)。

岩田

わたしは、むかし高校時代に、
タイプライターで遊んだことがあったんですが、
教本で練習したときはちっとも面白くなかったんです。
そのあと、コンピューターが手に入ってからようやく、
タイピングを学ぶ意味が出てきたんですが、
最初から楽々とできるものではないんですよね。

山名

本当にそうなんですよ。
でも今回は、それで遊んでいたら自然に
タイピングもローマ字も全部覚えられる状態にしたい
ということなんだ、と気づいたんです。

岩田

それに気づいたのは、だいぶ経ってからでしたか?

山名

いや、少し経ってから気づいて、もう、青ざめました(笑)。

岩田

大変なことを引き受けてしまったということですね(笑)。

山名

ええ、それでつくってお見せすると、
(株)ポケモンの方や安藤さんに、
「あー、これ、ぜんぜん面白くないですねえ」って、
すごいニコニコ笑いながら言われたんです・・・(笑)。

岩田

にっこり笑ってですか・・・。残酷ですね・・・(笑)。

安藤

大人がプレイすれば、これがタイピングの練習だ、
という理屈が分かってもらえているわけなんです。
そもそも、基本的にタイピングソフトは上手になりたいという
モチベーションがある方が買うものですから。

岩田

ああ。だから既にお客さんの方が
「苦行に耐えられます」という状態なんですね。

安藤

はい。やってうまくなることがうれしいので、
自分がソフトをやるよろこびは自分のなかにある、
という方が買っておられるんだと思うんです。

岩田

いわば、プレイする人は、
ビルの3階からスタートする、ということなんですね。
それに気づくのにどれくらいかかりました?

安藤

はじめにつくったものを見せていただいて
「う〜ん・・・」と思ったときでした。
そのとき、そもそもタイピングソフトはどういう人が、
どういう目的でやるものなんだろうって考えたんです。
このソフトは『ポケモン』を遊びたい子どもが買うから、
別にタイピングがうまくなりたいとは思っていないんですよね。
そのことを山名さんにお話ししました。

山名

もう、僕は見えなくなっていました(笑)。

安藤

だから、ピカチュウが出てきて「ピカチュウ」と入力するのは、
大人ならいいけど、子どもはぜんぜん面白くないだろう、と。

岩田

タイピングがうまくなりたいと思っていないお客さんに、
気がついたらタイピングがうまくなっていることをめざす、
史上初のソフトということですね。

山名

はい。そこで、やっぱり
「ポケモンに会いたいと思えないとダメなんじゃないか?」
とみんなで話したんです。
ボタンを押したらポケモンに会えたとか、
そういう工夫をたくさんやって、何とかビルの3階まで
お客さんに来てもらわないといけない。
でも、そこに至るまで本当に時間がかかりました。
実は安藤さんに見せたあと、
タイピングにあまり親しんでいない小学校低学年のお子さんを
集めてモニターをしよう、という話になってやってみたんです。
そしたら・・・本当にひどかったんです。
みんな、ぜんぜんやってくれなくて(苦笑)。

安藤

押したらポケモンが出てくるところは反応してくれるんですが、
言われた文字列を正確に打つというところにいたっては、
「探すのがめんどうくさい」と言われて、
ほどなくして「つまんなーい」と飽きられるという状態で・・・。

岩田

はじめてのときはどこに何があるのかまったく分からないですから、
ひとつキーを探して押すだけで、すごく苦労するんですよね。
その現場に、山名さんは立ち会っておられたんですか?

山名

いえ、僕は当日行けなかったので
スタッフにビデオを撮ってもらいました。
あとで何度か見たんですけど、すごく残酷なんですよ・・・。
僕たちがやっていることって、何なんだろうって・・・。
みんな「面白くない」って言うし、ずっとおしゃべりしているし、
あり得ない、これは・・・みたいな(苦笑)。
モニターをやっている人も面白くない、担当者も面白くない、
もう誰も面白いと思っていないという、
こんな状態ははじめてでした(笑)。

岩田

山名さんの長いゲーム開発者人生で、初の経験だったんでしょうね。

安藤

でも、そのなかでひとつ気づいたのが、
横に立って「上手だね」と言うと張り切ってくれて、
モチベーションにつながったので、これは良いなと思いました。

岩田

“ほめることが鍵かもしれない”ということですね。

山名

はい、それでボイスオーバーを入れたんです。
少し子どものやる気が持続する効果はあったと思います。

岩田

モニターをやって落ちこんでいる山名さんたちを
石原さんはプロデューサーとして、
どのような視点で見ていたんですか?

石原

そうですね、最初にわたしがこだわっていたのは、
先ほど話したキーボードのデザインなんです。
その次に、キーボードは楽器だから、
押したら音が出るしくみをぜったいに入れてほしい、
と強くお願いしたんです。
それがボイスオーバー機能になります。

岩田

“キーボードは楽器”ですか。

石原

そうです。“A”を押したら“エー”って言うように、
→ボタンを押したら反応する道具にしてほしいと。
ボタンがいっぱいついているのは、子どもにとってはうれしいはずですから。

岩田

ああ、子どもさんはボタンが好きですからね。

石原

とりあえず押したら、いろいろな音が出て、
いろいろな絵が飛び出してくる面白さが、
このゲームのスタート地点なんです。
だからそこだけこだわれたら
ちょっと「あとはよろしく」状態にしちゃったんです。
ま、その“あと”が大変だったんですけれど(笑)。
でも、わたしがいちばんやりたかったのはそこだったので、
ここができたとき、もう自分のなかでは
実はもう、半分できたなという感じがしていました。