5. 家族でタイプ競争

石原

昔、岩田さんがハル研(※10)さんにいたとき、
ノートパソコンをものすごく使いこまれていましたよね。
キートップがみんなツルツルになっていて。
そのなかに自作のプログラムを全部入れて、
持ち歩いてプログラムをしていましたよね。

※10

ハル研=株式会社ハル研究所。『星のカービィ』や『スマブラ』シリーズなどを手掛けてきたソフトメーカー。かつて岩田が社長をつとめていた。

岩田

ええ、プログラムが楽しくてしょうがなかったですから。
わたし、タイピングの打鍵の力が強いのか、
キートップがツルツルになることがよくあったんですよ。

石原

そのとき、このパソコンほど完璧に使われている
しあわせなやつはいないって思ったんです(笑)。
僕らは普段、パソコンの5%から10%くらいしか使いきっていないですけど、
岩田さんのは、すみからすみまで使われている感じがして。
そういうふうに機械が使いこまれるのは、わたしにとって
いちばん理想というか、あこがれだったんです。

岩田

だから石原さんは、キーボードに
本物っぽさをすごく求めているんですね。
多分、家庭で親御さんが自分のパソコンを
子どもさんに自由にさわらせるのは抵抗を感じられるでしょうから、
このキーボードは、子どもさんが自分の自由にできる
宝物になるはずなんです。

石原

そうですね。文字も減らしてシンプルにできたので、
覚える量も普通のキーボードより四分の一くらいなんです。
これを大事に使ってもらえるといいなぁと思います。

山名

そうですね。このキーボードになれれば、パソコンは怖くないです。
きっと、このゲームをやった人が大人になってキーボードを打つと、
「ピカチュウ」とか打っちゃうんですよね。

岩田

ポケモンの名前だけ妙に速く打てるようになるんですね(笑)。

山名

ポケモンの名前をむちゃくちゃ覚えるんですよ、このソフト。
ほとんど400くらい覚えました。

安藤

「ポケモンを知っていれば、より上手」という判定を
ゲームがしてくれるので、お父さんより子どものほうが
うまい可能性がすごくありますね。

岩田

ああ。→ポケモンの鳴き声が聞こえて、絵が見えて、
そして名前が出るという順序
だから、
ポケモンを知っている人がいちばん強いわけですね。
お父さんとお子さんが争えるのはいいですね。

石原

「このポケモンは何?」って子どもに聞いたりしてね。

山名

それは「ポリゴン2」だよ。「Z」じゃないよ、とか
言われるんですよね(笑)。
親子の新しいコミュニケーションですね(笑)。

安藤

鳴き声でポケモンがわかったり、それをつづけられたりする
自分が、ときおりスゴイッて思えてきます(笑)。

岩田

そのつづける動機は、どのあたりから生まれましたか?

安藤

いつのころからか、自分が上達していると実感するんですね。
そしたら自分にはポテンシャルがあるはずだって
勝手に思えてくるようになるんです。

岩田

それはソフトから「うまくなろう」と言われなくても、
自分のなかから自然と生まれてくるんですね。

安藤

はい。それから自分のスコアを書き換えられたとき、燃えます。
社内にはプログラマーさんが多いので、みんな速いんです。
越えられたら「自分で塗り替えないと!」と思います。

山名

うちの会社でもやってましたよ。
マリオクラブさんですごいスコアが出たということを聞くと、
まだ抜かれてないよとか、抜かれるとそのステージばっかりやってみたり。
自分の仕事をやってくれよとか言ってました。

岩田

ああ、競争相手が身近にいると面白いですね。
“家族でタイプ競争”って聞いたことがありませんが、
それが成立してしまうということなんですね。

安藤

単純にタイプが速いだけではなく、
アドバンテージがいろんなところにありますから、
ちょっとした違いで差が出るところが
いいんじゃないかと思います。

山名

今回、ゲームの世界をポケモンにしたところが
お客さんの動機づけにつながるし、ゲーム性も上がりましたから、
そこがいちばん助かった部分でもあります。

岩田

最初から興味を持ってもらえることでできる強みがあるんですね。

山名

はい。あと、ポケモンが多様化して
かたちや鳴き声、色合いがきちんと設定されているので、
それを組み合わせていける材料があったことも助かりました。

安藤

最初、ポケモンの名前の表をつくっていたんです。
打ちやすい短い名前とか、何文字のアルファベットで打てるとか。
そうすると普段の優秀なポケモンと、
このゲームにおける優秀なポケモンが違ってきたりします。

山名

意外に短い名前のポケモンっていないんですよね。
「ポッポ」、「ピッピ」、「ピィ」ぐらいで、あとはだいたい
アルファベット6文字くらいになっちゃうんです。

石原

ローマ字入力だから、さまざまな打ち方が可能ですよね。
「CHO」と打っても「TYO」と打っても「チョ」と読める。
なかには60種類くらいのタイピングバリエーションがある
ポケモンもいたよね。

岩田

1匹のポケモンに60種類も
タイピングのバリエーションがあるんですか?

山名

はい。1回打ったときのことをプログラムが覚えてくれるから、
そのあとは、その人の打ち方を尊重してくれるんです。

岩田

ちなみにマリオクラブで本格的にデバッグがはじまったころ、
このソフトはどんな感じでしたか?
マリオクラブのコメントは、
うまくいってないときはすごく心に刺さるんですよね。

山名

刺さります。ぐっさりですよね(笑)。
でもあえて生コメントをほしいってお願いしていました。

安藤

そのコメントを読んで、わたしも沈んでしまうんです。
このコメントそのまま送ってもいいのかな、と少し思いながら。

山名

それを読んだときはぐったりして、
「もう何も返答できないです」みたいな感じでした。

岩田

ただ、そのときしんどくても、世の中に出てから
お客さんをがっかりさせるよりはずっといいので、
それに向き合わなきゃいけないんですよね。
でもつづけていると、マリオクラブの反応が変わってくるときが
必ずあるはずですので。

山名

そうなんです。けれど、しばらく何も反応が変わらない
時期があったんです。そのときの“のれんに腕押し”のような
期間は本当にたえられませんでした。

安藤

変えた箇所は分かるんですが、
昨日感じた印象と今日感じた印象がとくに変わらない、
ということが長くつづいたんです。

岩田

それはしんどい。

山名

しんどいです。きちんと正しい方向に進んでいるのかと。

岩田

手ごたえが直接こないと、いまやっていることに
ゴールがあるんだろうかって感じて、キツイですよね。
でもそこで、変わったときがあったんですね。

山名

はい。変わったときがありました。

岩田

つくり手としては変えているんだけれど、
実際には、それほど印象が変わってないっていうことが
あるんですよね。それは、変化を積み重ねて積み重ねて、
一定の敷居を超えてはじめて、やっと「変わった」と
認めてもらえるようなところがあるのだと思います。
今回は本当に、ストイックにそれと向き合わなければいけなかったから、
その点はちょっと大変だったんでしょうね。

山名

本当にそうでしたね。

岩田

おそらく、「ただのタイピングソフトでしょ」って思ってる人が、
結構いらっしゃるような気がするんです。
かなりストイックにつくりましたよね、60面も(笑)。

山名

ただのタイピングソフトだと思ってやってみたら、
意外に遊べるじゃないっていう感じで、
「あ、知らないうちにはまっちゃってさー、
気がついたら夜中の2時だよ」と、
そんな感じが出てくればいいかなと思います。

岩田

あと、いつの間にかうちの子がタッチタイピングしているということを、
いろいろな方に感じてほしいなあと思いますね。