任天堂におけるイラストレーターの仕事は、イラストを通じて、「マリオ」をはじめとするキャラクターやゲームの魅力を伝えることです。イラストの用途は、商品パッケージや広告はもちろん、雑誌やSNS、映像媒体、イベント会場や店舗の装飾などに活用されます。なかでも商品パッケージに使われるイラストはその作品の顔になるため、お客様の心を一瞬で掴み、ワクワクしてもらえるよう、ゲームやキャラクターの魅力を最大化して視覚的に伝えることが大切です。
「スプラトゥーン」シリーズは、ヒトの姿に変身する不思議なイカを操作するアクションシューティングゲームで、私は3作目となる『スプラトゥーン3』で初めてイラスト制作を担当することになりました。学生時代から「スプラトゥーン」シリーズをプレイしていたので、担当になったときはとても感慨深かったです。キャラクターやインクの躍動感のある動きはそのままに、シリーズ1・2作目の洗練された都会的な雰囲気に対し、3作目は通称“混沌の街”と呼ばれる「バンカラ街」が新たな舞台になり、イラストにおいても過去作と比べて、どこか荒々しい世界を表現することが求められました。
イラスト制作が始まったのは、発売日から遡ること、約1年前でした。最初は手探り状態だったので、初期に提出したラフスケッチは、アクションポーズを正しく描くことだけに気を取られてしまい、ポーズがこぢんまりとしていたり、勢いが足りなかったりするなど、『スプラトゥーン3』に求められていたことをうまく表現できず苦戦しました。これは私に任された仕事だからと、しばらくは一人で悩んでいましたが、一向に解決策が見いだせず、同シリーズのイラスト制作を経験してきた先輩や開発担当のスタッフに相談したところ、さまざまなアドバイスをもらいました。
その一つが、決めのポーズではなく、アクションの途中を切り抜いたような動きのあるポーズを取り入れるというアイデアです。構図も遠近感を出すことでダイナミックさが表現できるというのも大きなヒントになりました。周囲の意見を参考にしながら一歩一歩進めた結果、ゲームの世界を魅力的に伝えられるイラストが完成しました。また、開発スタッフから制作に対する思いや小ネタなどを聴くことで、『スプラトゥーン3』の魅力を最大化するための想像力を鍛えることができたような感覚がありました。
『スプラトゥーン3』の魅力を最大化するために、細部の表現にもこだわりました。例えば、キャラクターの表情は左右対称にはならないよう、片方の口角だけをニヤリと上げていたずらっぽい感じを表現したり、腕を上げる角度や指の曲げ具合、髪の毛1本1本のシルエットまでこだわったりと、どうやったら各キャラクターの魅力が最大限に伝わるかを考えながら描いていきました。そして、「スプラトゥーン」シリーズの肝といえば、やはりインクの表現です。開発担当のスタッフからは「インクはサラサラではなく、ドロドロすぎてもいない、とろみのあるヨーグルトのような粘り気」とも聞いていたので、その質感やインクの位置、跳ね具合に関しても微調整を繰り返しました。
このようにたくさんの試行錯誤を経てできあがったイラストが、世界に公開されることにはうれしさもある反面、どう評価されるのだろうという緊張もあります。そんな複雑な思いを抱えながらも、SNSなどでお客様の反応を見聞きし、自分がこだわって作ったところを見つけてもらえたり、喜んでいただいている声を聞いたりするときが、ようやく安堵でき、この仕事をやっていてよかったと思う瞬間です。
このような経験を経たことで、今でも行き詰まったときや客観的な視点がほしいときなどは周囲のアドバイスを求めるようにしています。迷ったときこそ、自分一人の考えに固執せず、さまざまなアイデアや意見を取り入れて視野を広げることが大切なのだと実感しています。
さまざまな人の協力を得ながら、一人では達成できないクオリティのものを作り上げ、世に出すことができるのが、この仕事の醍醐味です。