4. 突き落とされるリンクをめぐって

岩田

文字どおりの『ゼルダの伝説』になり、
今作ではお姫様ではないゼルダにも
大きくフィーチャーしたんですね。

青沼

はい。じつは森さんは、これまでずっと
「ゼルダをどう描くか?」ということに、
ものすごくこだわってきた人なんです。
『夢幻の砂時計』(※4)のときのテトラもそうですし、
『大地の汽笛』(※5)のゼルダ姫もそうですし、
もっとさかのぼると『時のオカリナ』(※6)もそうで・・・。

岩田

『時のオカリナ』のとき、
森さんは何を担当していたんですか?

シネマシーンのディレクターを担当していました。

※4

『夢幻の砂時計』=『ゼルダの伝説 夢幻の砂時計』。『ゼルダ』シリーズ初のニンテンドーDS用タイトルとして、2007年6月に発売された、ペンアクションアドベンチャーゲーム。

※5

『大地の汽笛』=『ゼルダの伝説 大地の汽笛』。ニンテンドーDS用ソフトとして、2009年12月に発売されたペンアクションアドベンチャーゲーム。

※6

『時のオカリナ』=『ゼルダの伝説 時のオカリナ』。NINTENDO64用ソフトとして、1998年11月に発売されたアクションアドベンチャーゲーム。

青沼

まだプレイ中の人もいると思うのであえてぼかして言いますが、
『時のオカリナ』の最後のシーンなんですが。

岩田

はい。

青沼

そのときのゼルダの表情がなかなか決まらなくて・・・。

はい、そうでした。

青沼

あれはどうだったんですか。
森さんは納得がいったんですか?

・・・あの当時、NINTENDO64だということもあって、
ハードウェアの表現において限界みたいなのがありましたから。

岩田

登場人物の表情などを表現するのに、
すごく制約がありましたよね。

ええ。そこで、目の表情パターンを
もうひとつ増やしたいという相談をしたんですけど、
「もう無理です」みたいに言われてしまったんです。

岩田

思いどおりの表情がつくれなかったんですね。

だから、ありもので進めたんですけど、
「どうも違うなあ・・・」という感じで。
なので『時のオカリナ』のときは、
最後まで悔しい思いをしました。

青沼

なので、森さんは、NINTENDO64の当時から、
「ゼルダをもっと生き生きと表現したい」
と、ずーっと思ってきたんですよね。

そうです。そのあとも、
ほかの方が書いたシナリオに
絵コンテの演出をするような仕事をしていたんですけど、
『大地の汽笛』のときに初めて、
デモシーンのシナリオまで書くことを任されたんです。
そのときはわりと・・・。

岩田

わりと、なんですか?

(ちょっと恥ずかしそうに)・・・
「やった! おれのゼルダだ!!」と。

一同

(笑)

青沼

おー、正直でいいですね(笑)。
森さんだったら、さっきの
「命を吹き込む」という話もそうですし、
ゼルダをとても魅力的に描いてくれると思っていました。
今回もちゃんと“森節”が入っているんですよ。

岩田

“森節(もりぶし)”、ですか?

藤林

ところどころに“森節”の言い回しが入っているんです。

青沼

で、ちょっと泣けたりするんですよね。
「・・・ここにこのセリフが来たか」
みたいな感じなんです(笑)。
ツボを押さえているというか、
「ああ、これは“森節”だなぁ」というのが
いくつかあって、それができるのは、
長年ゼルダを描いてきた森さんだからこそ、
なんだと思います。

藤林

そういうこともあって、
僕が箱書きを書くときは、わざと空白をつくって
森さんに振るようにしているんです。

岩田

空白を“森節”で埋めてほしいということなんですね(笑)。

藤林

そうです。
空白は森さんにお任せしたいと。
ただ、僕には僕のこだわりもあって、
「このセリフは絶対に入れてほしい!」という部分は
しっかり書くようにもしていましたけど。

岩田

そこは“麿節(まろぶし)”ですか(笑)。

藤林

まあ、そのへんは、
あうんの呼吸でやってましたよね。

そうですね。ただ、やっぱり
藤林さんのこだわりもすごいんです。
たとえば、今回のゼルダは
ちょっとお茶目な娘みたいなところがあって、
その性格を強調するために、
藤林さんが書いたシナリオでは
序盤のシーンでリンクが「スカイロフト」から
突き落とされてしまうんです。

岩田

ゼルダがリンクを突き落とすんですか?

はい。しかも、
都合3回くらい突き落としていたんです。

岩田

3回もですか!?(笑)

はい、「繰り返しのギャグは3回までが限度」なんですけど(笑)。

藤林

ただ、そうしたかったのは2つほど理由があって、
いま森さんが言ったように、
お茶目な性格のゼルダにしたいと思ったのと、
もうひとつは「空」であることの演出なんです。

岩田

最初の舞台が「空」だからこそ、
突き落とす演出が生まれたということですね。

藤林

「高いところに住んでいる」
ということを強調したかったんです。
でも、リンクが高いところから突き飛ばされることは
確かにいままでなかったので・・・。

青沼

しかも、空から落ちたら死んじゃうわけなので、
おふざけでやってること自体が
「何なの、それは?」という感じに(笑)。

藤林

そこは、あのスカイロフトという場所では
「日常的に行われてることとして表現したい」
と思ったんです。
それに、突き飛ばされて落下しても、
ロフトバードが空中で受け止めてくれますし。

青沼

まあ、死ぬようなことはないですよね。

藤林

それに・・・森さんはそういうの好きですよね?
男の子が女の子に突き飛ばされるみたいなのが。

え?・・・まあ(笑)。

一同

(笑)

藤林

そこで、森さんに対して
「ちゃんと料理してください」ということで、
「3回突き落とす」という材料だけをパスしたんです。

ただ、材料のパスを受け取った自分としては、
それが日常的に行われていることは理解したんですが、
いきなり突き飛ばされたら、
やっぱりリンクでもあわてるわけですよね。

岩田

それはビックリしますよね。

「わーっ」となるわけじゃないですか。
それがいくら日常的に行われているとはいっても、
「ふーん」という表情で、平然と突き飛ばされると、
やっぱり絵にならないんです。
そこで、リンクのリアクションを
入れるようにしたんですけど、
宮本さんから、
「なんでそんなにリンクが驚くの?」
「この世界ではそれが当たり前のことなんでしょ?」
という指摘が入って、
「それはそうだな・・・」と思ったんです。

岩田

でも、突き飛ばされてるのに、
平然としているのも変ですしねぇ。

はい。そこで、絵的にどうしたらいいのか、
と思ったんですけど、
突き飛ばされたリンクが驚く理由を
宮本さんが考えてくれたんです。

岩田

「なんで驚くんだ?」と指摘するだけでなく、
ちゃんとアイデアもくれたんですね。

そうです。

藤林

なので、序盤はけっこう直しましたよね。

青沼

直しましたね。何回も。

藤林

宮本さんが「しっくりこない」と言われるので・・・。
最終的に、ゼルダの突き落としも、2回に減らしましたし。

岩田

それは、宮本さんが最後のチェックをするとき、
初めてその世界を遊ぶ人にとって
「それはどう見えるのか?」ということを
すごく重要視しているからなんでしょうね。

青沼

そうですね。

岩田

で、開発期間が長くなればなるほど、
現場にいるスタッフは
それが見えにくくなってくるんですけど、
宮本さんの重要な役割のひとつは、
「初めての人の立場で見る」
ということでもあるんでしょうね。

はい。ですから、すごくありがたかったです。

藤林

それくらい、試行錯誤を重ねたシーンですので、
リンクがゼルダに突き飛ばされるシーンも
ぜひ楽しんでほしいです(笑)。