坂本賀勇 GDC講演内容

ではいよいよ、最新作『METROID Other M』についてお話しさせていただきます。

当タイトルは、ここまで私が培ってきたノウハウと、
思い描いてきたイメージの全てが極まった
「シリアスタッチ」の集大成とも言うべきタイトルです。
私はプロデューサーという役割ですが、
一般的にいうプロデュースとはかけ離れた関与をしていると思います。

このプロジェクトでの私は、
『スーパーメトロイド』と『メトロイドフュージョン』の
中間のエピソードを語るためのシナリオを書きました。
『フュージョン』で仕込んでおいた・・・これも“伏線”ですね、
アダム・マルコビッチの登場です。

このエピソードでは少女時代のサムスを描き、
アダムとの関係を描いてはいますが、それは『Other M』の物語の一部です。
『ファミコン探偵倶楽部』のノウハウを活かし、全体をサスペンスタッチで描いています。
また同シリーズのもうひとつの特徴とも言える、
人間ドラマ的な要素も、サムスとアダムの関係に限らず豊富に盛り込みました。
シナリオ作成段階で、“ムード” “間” “伏線” “コントラスト”の
コントロールを緻密に行うことが可能です。

これまでのゲームシナリオライティングの経験をフルに活かし、
サムスを美しく演出するためのストーリーラインを紡いだつもりです。
そして、そのストーリーを語るうえで最も望ましいと考える、
ゲームデザインのアウトラインを作成しました。

準備は整いました。
あとはこの企画に賛同してくれる強力なパートナーを探す段階に入ったのです。
そこに、あのTeam NINJA(※29)が名乗りをあげてくれました。

彼らと任天堂スタッフという、刺激的かつ理想的なコラボレーションのスタートです。
早矢仕洋介さん(※30)をチームリーダーとするこの集団が
いかに優秀であるかということは、
サムスの顔の造形を、フェイシャルを、
モーションを、ビジュアルデザインを、エフェクトを、レベルデザインを、サウンドを、
体験していただければ一目瞭然です。
そして彼らと私たち任天堂メトロイドチームは、とても波長が合いました。

※29

Team NINJA=格闘ゲーム『DEAD OR ALIVE』シリーズ、アクションゲーム『NINJA GAIDEN』シリーズなどを開発してきた、テクモ株式会社所属の開発チーム。

※30

早矢仕洋介さん=『METROID Other M』のディレクター。コーエーテクモゲームスのTeam NINJAのリーダー。→社長が訊く『METROID Other M』コラボレーション篇に登場。

お互いに共鳴しあい理解しあえるため、
会社の垣根を越えて本音をぶつけあうことができます。
任天堂のスタッフとTeam NINJAのスタッフが、日々刺激しあい切磋琢磨することの全てが、
新しい『METROID』を未知の領域へと誘います。
『Other M』をシリーズ最高の『METROID』にするという目標の前で、
我々は限りなく対等なのです。

『Other M』の操作方法を語るうえでの決定的なエピソードをご紹介しましょう。

私はこのゲームを企画した際、絶対に曲げるつもりのない決定事項がありました。
それは、Wiiリモコンだけでサムスをコントロールすることでした。
『METROID』というジャンプアクションシューティングゲームは、
十字ボタンの移動と、2つのボタンによるジャンプとショット以外にありえなかったからです。
そのため私は当初、サムスをパス(※31)の上を移動させようと考えていました。

※31

パス=Path。起点から目的地まで道筋があること。

そうです、見えないレールをサムスが走るのです。
カメラアングルを効果的に制御すれば、迫力のある画作りも可能だと踏んでいました。

共同作業がスタートするやいなや、
Team NINJAからヌンチャクの使用を勧められました。
しかし私はそれを断固拒否し、
なぜWiiリモコンのみのプレイを目指すのかを彼らに説明しました。
彼らはすぐにその重要性を理解してくれました。
そしてなんと、フル3Dのマップを
十字ボタンでサムスが自在に駆け回るというシステムを提案してくれました。
もしそんなことが可能ならば申し分ありません。
しかし私は半信半疑でした。
そんなシンプルなアイデアを、なぜ誰もやらないんだ?と考えたのです。
しかし早矢仕さんには勝算がある様子でした。
もちろん私は彼らを信じました。

やがてそのコントロールを試す日が訪れました。パーフェクトでした。
何のストレスもありません。むしろサムスのクイックなアクションと、
直角の配置がベーシックなメトロイドのマップとの親和性は最高でした。
こうやって、Wiiリモコン横持ちでの
2Dライクで軽快な移動+ポインティングでのFPSビューという、
理想的な基本システムが誕生したのです。

早矢仕さんはこのスタイルを“最新技術を使ったファミコンゲーム”と
名付けました。まさにその言葉どおりです。

また、『Other M』のゲームデザインでは、ゲームプレイとムービーシーンを、
シームレスに、そしてスタイリッシュにつなげる必要があります。

ここでも“ムード” “間” “伏線” “コントラスト”が重要となります。
これを正確に伝えるために、私は「ムービー仕様書」というものを活用しました。

ゲームシーンのキャプチャーやモーションキャプチャーの素材などで、
動く仕様書を作成しました。もちろんサウンドとSEもついています。

では引き続き、この企画に合流した、ほかのすばらしい人々をご紹介いたします。

Team NINJAが懇意にしてきた、
北裏龍次監督(※32)率いるCG映像集団D-Rockets(※33)
それに加えて映像プロデュース会社・太陽企画(※34)が参加してくれたのです。

※32

北裏龍次監督=『METROID Other M』の映像監督(エグゼクティブ・ディレクター)。CG映像コンテンツ制作ユニット・株式会社D-Rockets代表。→社長が訊く『METROID Other M』コラボレーション篇に登場。

※33

D-Rockets=コマーシャルやゲーム、プロモーションビデオなどに向けて、CGなどの映像コンテンツを制作するクリエイティブユニット。2008年に設立。

※31

太陽企画=太陽企画株式会社。テレビコマーシャルを始め、WEBコンテンツ、展示映像、CG作品などの企画制作を行う、映像プロダクション。本社・東京。くわしくは→社長が訊く『METROID Other M』開発スタッフ篇を参照。

北裏監督の絵コンテを初めて見たとき、
私はすぐにコメントができませんでした。
自分が監督に伝えたスケールを遥かに超えていたため、
イメージがついていかなかったのです。

「本当にこんな映像を創ってもらえるのか?」
いろんなことが頭を巡り、沈黙していた私の様子を見て、
北裏監督は「気に入らないのか・・・」と思っていたそうです。
そのコンテの完成形が、『Other M』のオープニングムービーなのです。
このようにして北裏監督の描く映像の世界は、
私の思い描くイメージをやすやすと飛び越え、『METROID』の世界観を、
魅力的なヒロイン、サムス・アランを美しく描き、
そして大迫力のアクションシーンを見せてくれるのです。

その北裏監督は私より1歳年上です。
つまり我々は同じ時代に生まれ、生きる同世代なのです。
監督と私の引き出しには、同じものがたくさん入っています。
でも全く違ったものもまた詰まっています。
私は監督と引き出しの中身を見せ合い語り合う時間が楽しくて仕方がありません。
この時間の積み重ねが『Other M』をより美しく、
よりクールに導いているのですから、こんなに幸せなことはないでしょう。

その監督のクリエイティブを、プロデュースする太陽企画と
日本のトップ CGクリエーターたちが支えています。
強い絆があってこそのコンビネーションなのです。

そしてさらに、北裏監督の盟友である
日本の有名なアーティスト・`島(はいしま)邦明氏(※35)
音楽を手がけてくれることになりました。

彼が与えてくれる音楽もまた、私のイメージを遥かに超えてしまいました。
音楽と映像のシンクロを重視する私が『Other M』に求めた音楽のありかたは、
彼の力によって完璧なものになりました。
初めてムービーに`島さんの音楽がついたとき、その完成度の高さに驚きました。

しかし、一緒にいた北裏監督の言葉は、さらに私を驚かせました。
「これはまだ、スケッチ(※36)段階だそうですよ」
北裏監督の映像に見事にシンクロして展開する、フルオーケストラの楽曲が、
皆様の心を揺さぶる日はもうすぐそこまで来ています。

※35

`島邦明氏=映画、テレビドラマ、アニメ、ゲーム、テレビCMと、幅広いジャンルで活動している作曲家。

※36

スケッチ=メロディや和音など音楽の方向性がある程度理解できる段階までの制作または仕上げのこと。

そして私が強いこだわりを持つ「言葉」はついに「声」を得ました。
優秀なボイスアクターたちが、『Other M』の物語を迫真の演技で演じてくれます。
したがって声優陣のキャスティングにもこだわりました。
全員を迷いも妥協もなくチョイスしました。
条件が厳しい人もいましたが、無理を言って選ばせてもらいました。

モノローグのセリフが多いサムスの声を選んでいたとき、
「この女性しかいない!」と、即決したのがジェシカ・マーティンさんでした。
サムスの心情を語る少々儚げな彼女の声は、
『Other M』の世界観に見事にマッチしています。

まだまだこのプロジェクトには、すばらしい人々やスタジオが多数集結してくれていますが、
今すべてをご紹介することは、残念ながら不可能です。
我々は自分たちを、「Project M」と呼んでいます。
会社や分野を超え、ひとつの理想形を目指し突き進むその姿は、
まさにバンドのようなイメージです。
『Other M』という楽曲を、それぞれのパートが奏で、
ハーモニーやグルーヴ感を生み出すというのが、最も実態に近いイメージなのです。
我々が紡ぎ出す最も新しく、美しい『METROID』を、皆様方にお届けできるよう、
「Project M」は引き続き精進してまいります。
もうしばらくお待ちくださいませ。

さて、皆様と過ごす時間もあとわずかとなりました。
まだまだお話ししたいことはたくさんあります。
では今回のスピーチの締めくくりとして、私がこれまでのゲーム開発において、
常に大切にしてきたことや意識してきたことを述べておこうと思います。

ゲーム開発というものは、イメージをカタチにすることだと思います。
自分は今までの人生において、いろんなものに出会ってきました。

それは映画や音楽といった誰かのクリエイティブであったり、
人であったり、物であったり、生き物であったりと様々です。
美しいものやすばらしいものに触れたとき、楽しさや喜びを覚えたとき、
恐ろしさや、悲しさを感じたとき、色々な出会いによって、
自分は心を動かされてきました。

そういった心の動きが、個々のイメージを形作るのだと考えています。
ゲームを開発する立場の者は、今まで自分が感じ、
そして心を動かされてきたものを、わかりやすい形に置き換え、
つまり自分のイメージをカタチにして他人に伝えることが
その使命なんだと、私は考えています。

私が任天堂に籍を置くことになった頃はまだ、ファミコンは世に出ていませんでした。
その後、なかば成り行きで、ビデオゲーム開発をするようになった私は、
手探りでビデオゲームを作り始めました。
性に合っていたのか、私は熱心にビデオゲームを作っていきました。

しかしそれは、子供が新しいおもちゃを与えられて
夢中になるようなものだったように思います。
最初の『METROID』もそんな時期に携わりました。

その数年後のある日、私の手元に小さな包みが届きました。
その中身は・・・手紙が添えられた手づくりのチョコレートでした。
ある女性からのその手紙には、
「『ファミコン探偵倶楽部』がとても良かったので、
バレンタインデーにチョコレートを作って送りました」
という内容が、シンプルに書かれていました。
日本では、バレンタインデーに女性が、
告白の気持ちを込めて男性にチョコレートを贈るという習慣があるのです。

目が覚めたような気がしました。感激よりも先に衝撃を覚えました。
自分たちが発信するものは、人の心に触れ、
そして動かしているんだということに、恥ずかしながら初めて気づきました。

私が責任感とプロ意識に目覚めた瞬間です。
これを機に、私は自分が作ったものを遊んでいる人の顔をイメージしながら
ゲームを作るようになりました。
その顔は、自分の妻だったり、友だちだったり、見知らぬ誰かだったり・・・
最近は、息子を思い浮かべることが多くなりました。
自分のゲームを遊んでいる人の一番良い顔のために、
私はこれからも努力してゆきます。

ここにいらっしゃる皆様のほとんどは、
何らかの形でゲーム開発に携わっている方々だと思います。
ぜひ、皆様方の心に蓄積された、美しいものや楽しいものを、
ゲームを愛する方々に伝え続けてください。
そうすればゲームは永遠に続いていくと、私は信じていますので。

私の話は以上です。ご清聴ありがとうございました。
またお目にかかれます日を、楽しみにしています。