社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.5 『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』編

第7回 「久しぶりにプレイヤーに近い立場で集中的に」

岩田 宮本さん、今回、本格的に
『ゼルダ』の現場に入っていったときに、
最初に何を感じられました?

宮本 ……答え方が難しいですね。
正直に、こういう場で話してしまっていいのかどうか。

岩田 どうぞそのまま話してください。

宮本 途中の段階で何度か試作にかかわってきたので
シナリオの大きな流れは問題なかったんですが……
まず、リーダーがスタッフの仕事を
ちゃんとチェックできていない。
個々のスタッフは基本的な作業ができていない。
つまり、キャッチボールがちゃんとできていないというか、
それ以前にグローブの真ん中で
ボールを捕れていないというか……
雑なんです、仕事が。
だから、ぼくがやったことというのは、
その雑な仕事をしてきた人たちに、
ひとつひとつ、丁寧な仕事というのは何かということを、
説明し直すということがほとんどで。
で、そのときにありがたかったのは、
みんなにやる気があったということです。
つまり、やる気がなくて雑なんじゃなくて、
たくさん仕事があって、
何をしていいのかわからなくなって
雑になっていたんですよ。

岩田 力点がはっきりしてないんですね。

宮本 うん、そうなんです。
だから、1個ずつ丁寧に説明していくと、
みんなやる気があるのでどんどん進んでいくという。
だから、半年くらいかかりそうな作業を、
4ヵ月くらいでダーッと終わらせることができた。
最初はどうなることかと思いましたけど、
それぞれの現場にやる気があったのは
すごく助かりましたよね。

青沼 やっぱり、やるべき課題をたくさん抱えていると、
落ち着いてひとつのものを解釈できないんです。
そういうときに宮本さんが「こうだ」と決めると、
きちんと理解できていようがいまいが、
とりあえずそれを実行することができる。
で、やってみると、「あ、こういうことか」というのが
だいたい見えてくるようになるので、落ち着くんですよ。
「これをくり返せばゴールが来るんだ」
というような現実味のある落ち着き方で。
そういうふうになるまえっていうのは、
とにかく選択肢がたくさんありますから、
いろんなことを試すなかで
しっかりまとめられずに混乱してしまうんです。

宮本 不安なんですよね、みんな。
それじゃいけないということで、
主なメンバーが集まって
すり合わせをしたりもするんですが、
それには良い効果もあるけど、悪い影響もあって。
責任がはっきりしなくなるんです。
「みんなで決めたこと」というのが、もう、
動かせないこととして山積みになっていくんですね。
だから、ぼくはまず、その山に対して、
「これはみんなが決めたんじゃなくて、
誰かが決めたはずでしょ。誰が決めたの?」
ということを1個ずつやっていくんです。
「ここはなぜできてないの?」
「いや、まだ調整中です」
「調整は終わってるはずでしょう。
まずは『すいません』でしょ」と(笑)。
そういう意味では厳しかったかもしれませんね。
まずは責任の所在をはっきりさせるというか
「まだできてません。すいません。私です」
ということを言わせるところから
始めざるをえなかったですから。
そこがはっきりと見えたら、
一緒に直していけばいいだけですからね。
「直ったら完成です」ということだから
わかりやすいし、スタッフも落ち着きますよね。
また、それを外部のモニターに出してテストすると、
実際にいい反応が返ってきますし。

岩田 「直してよくなりました」って。

宮本 うん。そうなってくると、
「じゃ、あと音を丁寧につけようか」とか、
「あともう少し微調整しようか」ということで
つぎつぎに終わらせていくという。
そういう作業のくり返しですよね。

岩田 けっきょく「宮本マジック」というけど、
宮本さんとしては、当たり前の行程を
丁寧にたどっているということですね。

宮本 それ以外にないですよね。
あと、問題として気づかされたのは、
若いスタッフはゲームを何本も作った経験がないので、
「終わらせる」という感覚が薄いんですよね。
やっぱり、ゲームというのは、
最後の最後、本当に開発を終わらせるということを
開発者全員でやっているわけじゃなくて、
いつも管理者というかディレクターに近い人たちだけが
終わらせていくことになるんですね。
そのときに、いっしょに開発をしていた人たちというのは
最後の追い込みでワーッと走っている最中で、
よくわからないあいだに
ゴールのテープを切っているわけなんです。
そういう人たちが、時とともに
自分でちゃんとゴールのテープを切る役割に
変わっていっているわけなので、
今回の『ゼルダ』の開発を通して、
人は育ったんじゃないかと思いますね。

青沼 うん。終わらせ方を勉強しましたね。

宮本 終わらせ方とか、試合の勝ち方とか、
やっぱりありますからね。

岩田 ものを完成させ慣れてる、仕上げ慣れてる、
みたいなことでしょうか?

宮本 仕上げることがおもしろくなってくるんですよ。
そこの段階に入るまでっていうのは、
やっぱり作らなあかんという強迫観念とか、
広げたい広げたい、という意欲ばっかりで、
完成していくおもしろさというのが
実感としてなかなかつかめないんです。

青沼 ただ、混乱した状態から
完成させるおもしろさに至るまでには、
やっぱり「こうだ」という決断が必要なんです。
それがあるからこそ作業の質が変わるわけで。
そのへんが宮本さんはやっぱり迷いがないんですよ。
正直、ぼくはまだ、迷うんです。
「何度もやってきて、なんで迷うねん」
と言われますけど、やっぱり迷うんです。
ぼくが迷うと、当然、スタッフも迷いますよね。
それが、着地点がなかなか見えてこない
大きな原因のひとつで。

宮本 いや、ぼくも迷いますよ。
迷うから、「いまは迷ったらダメだ」というふうに
割り切って進めようとするんですけど、迷いますよ。

岩田 迷うということは、
深く考えているということでもありますからね。
深く考えることは、悪いことではない。

宮本 うん。やっぱり迷うものなんです。
迷って、迷って、決めることによって
ようやく進んでいくものってありますから。

青沼 それが、迷った挙句に
やけくそになっちゃうとまずいんですね。

宮本 そうそう(笑)。

岩田 そうそう(笑)。

青沼 考えて考えて、考え尽して、
「これ以上もう考えられない、ワーッ」
という状態になっちゃうと、やっぱりいい結果は出ない。
そこらへんは本当に難しいというか、
ある意味、気力の勝負ですよね。
本当に今回の開発では、
体力と気力というのが必要なんだなと、
40を超えて、つくづく感じました。
軽く、生命の危険を感じたくらいに(笑)。

岩田 宮本さんは、体力と気力についてはどうでした?

宮本 ぼくは、おもしろかったですね、今回の開発は。
もうワーッて集中できたというか、
まだ体力あるわと思ったということでもないねんけど、
なんかやってて楽しかった。

岩田 (笑)

青沼 ていうか、おかしいです(笑)!
もう50超えてる人が
ぼくよりも遅くまで会社にいますから(笑)。

宮本 「わー、久しぶりに楽しいわー」
言うてやってたね(笑)。

青沼 勘弁してくださいよって、
最後はぼくがちょっと
音を上げるぐらいの状態だったので。

岩田 そこまですごかったですか(笑)。

青沼 ちょうど疲れてくる11時とか12時ぐらいに、
もう宮本さん帰りはったかなと思ったら、
ピポーとかってメールが届くんですよ。
「うわっ、まだいてはる!」とか思って、
もう、一発で目が覚めますよね。
あのメール攻撃は、かなり厳しかった(笑)。

宮本 後半はけっこう乱暴に出してましたね。
丁寧に書くときは本当に
フローチャートの状態にまでして
「こんな感じになればいいんですけど」
というふうに仕様を伝えていくんですけど、
最後のほうは粗くなってしまって。
ほとんど箇条書きみたいな状態だったから、
初めてあれを見た人は、
やけくそでまとめてると思うかもしれない(笑)。
あんまり指示が粗いと、現場のスタッフから
「ちょっと演出しておきました」
って返事が返ってくるんですけど、
中にはやっぱりそれが「違うな」ということもあって、
もう、そういうのは即座に
「よけいなことはしなくていいです」
とかって書いて返信してしまう(笑)。

岩田 厳しい(笑)。

宮本 どうしても言いたいことが伝わらないときには、
キャラクターどうしのセリフのやり取りまで
具体的に書いたりするんですよ。
そういうのを送ると、セリフの担当者から
「このまま入れさせていただきます。
もう私は必要ないということですね」
とかいうイヤミなメールが来たりして(笑)。
あ、もちろん、そういうやり取りは、
お互いにどういう感じで伝わっているかわかってる
つき合いの長いスタッフとだけ、やってるんですよ?

青沼 でも、そのメールを同報されて、
初めてそういうやり取りを読む
若いスタッフもいるわけですよ(笑)。

宮本 ぼくとその人の関係を知らない人があれを読んだら、
「この人、こんなこと言われて大丈夫かな」
って思うでしょうね。それか、
「宮本茂は毒を盛られるんちゃうか」とか(笑)。
青沼さんとかそのあたりの人たちとは長年やってるんで、
だいたいぼくの毒の具合がわかるんですけど、
若い子がそれを突然読むと
「えらいことになってる!」と思うみたいで(笑)。

岩田 そうでしょうね(笑)。
そういうときに中堅どころのスタッフが、
「あ、こういうときは大丈夫だから」って
フォローしていたと聞きましたよ。

青沼 でもね、またここでフォローするわけじゃないですけど、
そういう厳しいメールをもらいながらも、
「もうダメです」みたいになる人はいなかったですよ。
最後までけっこうがんばってくれた。

宮本 うん、がんばってくれたね。
それは、ものすごく助かりましたね。

青沼 ええ。
宮本さんにきついことを言われたら、
言われたなりの何かを返す、みたいなことは
みんな最後までがんばってやってくれたので。

宮本 まあ、言われるときついのはわかってるんです。
血の気が引いて体がだるくなって
足が浮いた感じになるとか、
怒りっぽくなるとかしますよね、人間は。
否定されたらそういうふうになるのがふつうで、
それをどういなすかがトレーニング次第なんです。
あの、いまの人たちって、たぶん、
あまりそういう状態になったことがないんですよ。
……優秀なので、みんな。
大学をちゃんと出て、任天堂へ入るにしても、
けっこうな倍率をくぐり抜けて来ているので、
そこまで厳しく言われたことがないんですね。
ところが商品というのはシビアですから、
中途半端なものを出してしまうと、
もう、すぐにきつい反応が返ってくるんです。
だから、まあ、ぼくのきつい指摘というのは、
それのウォーミングアップみたいなもので。
やっぱり、ぼくら古い人間でも、
突然、きついことをガッと言われると混乱して
ぼうっと感覚にフィルターがかかったような
状態になったりしますからね。

岩田 そういうときは、どうします?

宮本 どういなすか、ですよね。だから、まあ、
「丹田にストレスをいなし……」みたいな話で(笑)。
「大きく3回深呼吸して、自分のすべきことを考え……」
だんだん年寄りみたいなことを
言うようになってきたな(笑)。

一同 (笑)

宮本 いや、それもトレーニングだと思いますよ。
自分が作ってることが楽しくならへんようなら
辞めたほうがいいしね。
ということで、なんの話でしたっけ?
ええと、ぼくが……?

岩田 『ゼルダ』のプロジェクトに入って……

宮本 入って……楽しかったです(笑)。

岩田 (笑)

宮本 プロジェクトに入って
どんなことをしていたかという話ですね。
まあ、ひと言でいうと、
久しぶりにちょっとプレイヤーに近い立場で
ばらばらになっていたパーツを
苦労しながら並べていったという感じです。
全体のお話のなかで流れのおかしなところとか、
理不尽なところを書き出したり、
ゲームの中のリアリティーを壊しているものを
集中的にチェックしていったり。

青沼 本当にね、この人は、
わざと素のプレイヤーになろうとしているというのが
一緒に仕事をしていると、よくわかる(笑)。
意地悪だなあと思いながら、感心しながら(笑)。

岩田 宮本さんに指摘されたことで
青沼さんの印象に残っているところはありますか。

青沼 そうですね。もらったメールの中に、
「エンターテインメントなのに、
こんなんじゃダメだよね」って書かれてまして、
それがすごく印象に残ってますね。
「人を楽しませなきゃいけないはずなのに、
こんな仕上げ方でいいわけないよね」
っていうことだったんですけれど、
あ、自分たちが作っているのは
人を楽しませるエンターテインメントなんだなって
当たり前といえば当たり前のことなんですけど、
すごく、はっとさせられたというか。
開発が差し迫ってくればくるほど、
それがエンターテインメントであることって、
現場では意識されなくなるところがあるんですよ。

岩田 目の前には、いろいろと
「理想どおりにできない都合」みたいなものが
積み重なっているわけですからね。

青沼 そうなんです。
そうすると、なんとか不都合のないようにということで
ガチガチになったものを仕上げて、
ようやくひとつOKかな、とか思ってしまうんですけど、
遊ぶお客さんにとってみると
そんな都合はまったく関係ないわけで、
「どうやって楽しませてくれるの?」
という気持ちなわけですよね。
とくに今回のように開発期間が長くなると、
そこのところが考えられなくなってる状態が、
やっぱりあったんですね。
そういうときに、宮本さんが純粋に
「良質なエンターテインメントにするには」
ということで先頭に立っていてくれてたという。
まあ、もちろん、僕的には、
「そんなことはわかってたけど、できなかったんだよ」
っていう感覚もあったりするんですけどね(笑)。
それはもう、いつもそういう感じで情けないんですが。
どういう事情であろうと、
「とにかくそこが重要なんだから、
時間がないといっても、そこはやらなきゃダメだ」
というところで食い下がらなくてはいけないんですけど。

岩田 わかっていてもすぐには変えられないという
開発現場のさまざまな事情というのもありますしね。
これは前の取材でスタッフが言ってたんですけど、
いまさら変えられないところを宮本さんが言っちゃうと、
みんなが「しょうがないよね」と言いながら
そこに手をつけることができる。
そういうありがたさがあると。

青沼 ああ、そうですね(笑)。
昔よく、ぼくが途中で変えたいと思ったことを
「いや、ぼくじゃなくて宮本さんがやれって言ってるんだ」
とか言って押し通したりしたんですけど(笑)。
でも、今回の場合は、そういう便乗ではなくて、
宮本さんがリアルに「やれ」って
言って回ってた状態だったんですね。

宮本 「本当にやるんですか」ってよく聞かれましたね。
「やります」って即答でしたけど(笑)。

青沼 納得がいかない人に対しては、
ぼくらのような古くからやっている人間が
「必ずよくなるから。
いままでそうだったから」
って、わけのわからない説明をして。

宮本 けど、ぼくはちゃんと説明するんですよ?
できるだけ本当のことを最初から、
ちゃんと誠意を持って。

岩田 いや、そうじゃなくて、
説明して聞いた人がわかるのと、
そのわかった人がほかの人に説明できるほど
わかることはぜんぜん別ですから。

宮本 開発の終わりのほうでけっこう多かったのは、
ぼくが「こう変えよう」と言うと、
「いや、それ、前にやったけどダメでした」
っていう反応が返ってくることで。
そういう答えに対して
「前にやったときといまは状況が違うので
もう1回やってください」
って言うことは多かったですね。

青沼 そのやり取りは多かったですね。

宮本 だって長いプロジェクトだったから、今とその時は、
細かい組み合わせがまったく違うのやから。

岩田 あれですよね、宮本さんって、
相手からダメな理由が挙がってきたら、
逆にどうしたらできるかを
相手を逆さにして吐き出させたうえで、
そのできる条件を整えていきますからね(笑)。

一同 (笑)

青沼 逃がしてくれないんですよね。

岩田 「相手を動けないようにしてから
避けようのない急所を突く」
と言われてますから(笑)。

宮本 そんなん言うてました?

岩田 ええ(笑)。

宮本 あいたたたた……。

岩田 いや、それは別に今回の『ゼルダ』に限らず、
広く社員からうかがっておりますので(笑)。

青沼 宮本さんって、トドメを突くのが好きなんですよね。

宮本 そやね。

岩田 「そやね」って(笑)。

青沼 そういえば、あの、今回の『ゼルダ』の序盤に、
ある剣士が出てきて、リンクに剣の使い方を
いろいろ教えてくれる場面があるんですけど、
そこで、「トドメを突く技」っていうのを
後のほうで教えるはずだったんですよ。
ところが宮本さんが
「トドメを突くのは最初に教えろ!」って(笑)。

宮本 「オレの大好きなトドメ突きが
どうして最初じゃないんだ!」って(笑)。

青沼 「トドメ突きは一番最初にしなさい」
と非常に強く主張されて、なるほどと(笑)。

宮本 だって、そんなん、ダメでしょ?
剣士が出てきて初めて教えてくれたワザが
「盾で倒す」って、
そんな地味なこと誰がすんねん(笑)。

青沼 「そんなの要らない。バスッと一撃で!」って。

宮本 「まず、バスッ! やろ」という。
そのためにシナリオが大変更になったりして(笑)。

青沼 もう、担当者は大あわてですよ。
「それが最初に来ちゃったらヤバイぞ」みたいな。

宮本 いや、でも、そういうときにぼくは
被害が一番少なくなるように
全体を書き直す手伝いをするんですよ?
よく働きますよー、そういうときは。
「こう直したら被害は少ないやろ」って。

青沼 そうですね。
自分が入れたいことに対しては、
ものすごく下準備というか
足固めをします、この人は(笑)。

宮本 どうすれば実現できるか
いったん設計してから提案するからね。

青沼 それ出されちゃったらぼくは
ダメって言えないじゃないですか(笑)。
もう、しょうがないんですよ。

岩田 まさに、逃げられないようにしてから
トドメを刺すってやつですね(笑)。

宮本 おもしろい仕事やね。

一同 (笑)


第8回 「今回のリンクは任天堂の中でも最高レベルでしょう」へ