社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.5 『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』編

第9回 「両方が同時にあることが両方にとっていいこと」

岩田 いま、発売を控えたWiiのイメージは、
どちらかというと『Wii Sports』に代表される、
ゲームに詳しくない人でも気軽に遊べる商品に
たくさんのスポットライトが
当たっている状態だと思うんです。
それは、任天堂という会社のメッセージが
「ゲーム人口の拡大」ということを
第一にしているからでもあるんですが、
かといって任天堂は『ゼルダ』のような
しっかりとゲームファンを楽しませるゲームが
大切じゃないなんてまったく思っていないわけで、
むしろ、従来の路線のゲームも最高のものを作って、
それを、ゲーム人口の拡大を目指す
Wiiというマシンと同時発売してしまおうという
「野望」とも呼べる計画として進めてきたわけです。
そういう、ふたつの質が会社の中で共存する状態で、
『ゼルダ』を長く作り続けるというのは、
率直にいって、やりづらかったり、
自分たちのやることの価値に疑問を持ったり
ということがありませんでしたか?
じつはこれは、ほかの開発者の人たちには
訊かなかった質問なんです。

青沼 ああ、そうなんですか。
ほかのスタッフの言葉を聞いてみたかったですね。
うーん……どうでしょうね。
まず、この『トワイライトプリンセス』というのは、
こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、
開発当初はゲームキューブの最後を飾ろう、
というくらいのつもりで取りかかったんです。
つまり、これまでのゲームの流れの中で、
真っ直ぐに王道を行くものを目指したんですね。
ですから、どんなプレイヤーにも気軽に楽しめて、
簡単な操作でいろんなことができるという
Wiiのコンセプトとは別のところに
存在するようなソフトだと思うんです。
ただ、この『ゼルダ』がWiiで遊べるということは、
いろんな意味で橋渡しの役割を
果たすんじゃないかとも思うんです。
手軽で直感的なおもしろさを求めてWiiを買った人に
従来の作り込んだゲームのおもしろさを
知ってもらうきっかけになったり、
逆に、これまでの手応えのあるゲームが好きで
Wii独自のゲームに、なんとなく不安というか、
食わず嫌いみたいなイメージを持っている人には
『ゼルダ』がWiiの楽しさを知る
入り口になってくれる可能性もあると思うんです。

岩田 なるほど。

宮本 ただ、内部のスタッフの
意識というのはどういう感じだったの?
たとえばこれが数年前だったら、
任天堂の社内で『ゼルダ』チームというのは
まあ、ランクづけがあるわけではないけれども、
いわば任天堂を代表する、
トップの開発チームだったわけでしょう?
ところがニンテンドーDSが出て、
手軽でおもしろいソフトが高い評価を受けて、
開発に人や時間を費やさなくても
質のいいソフトがどんどん世に出ていったわけで。

青沼 うん、まあ、そうですね。

宮本 そういう中で、『ゼルダ』の開発というのは
社内でいちばん大きなプロジェクトになって、
「『ゼルダ』がなければ新しいソフトが
5本くらいできるんじゃないか?」
みたいな声が冗談まじりに出たりして。
まあ、時代遅れというのは言い過ぎやけど、
こういう大作を作ることを任天堂自身が
否定するような流れも一方にはあるわけで、
そういう「斜陽なムード」というのを、
開発しながら、感じてはいなかった?

青沼 どうだったかなといま考えているんですが……
……やっぱりそれはなかったですね。
DSはDS、WiiはWii、そしてやっぱり、
『ゼルダ』は『ゼルダ』だという感覚でいました。

宮本 焦りはなかった?

青沼 まあ、中には、焦ってた人もいたとは思います。
新しいムーブメントが任天堂の中に生まれてるのに、
自分たちは旧来からのやり方をずっとやってきてて、
取り残されてるんじゃないかっていう感覚は、
まったくなかったといえばウソになると思うんです。
でも、キューブの最後を飾ろうとして時期を逃して、
Wiiにも対応することになって、ある意味、
混沌としていた状態だったにもかかかわらず、
「もう『ゼルダ』を作ってる場合じゃないですよ」
みたいな意見はまったくなかったですね。
やっぱり、どれだけ業界の流れが変わろうと、
自分たちが作っているものに対する自信というのは
揺らがなかったと思います。

岩田 うん。そこに斜陽感みたいなものを感じていたら、
こんなふうに『ゼルダ』は仕上がっていないと思いますよ。
だから、おっしゃるように、
そういう思いはなかったんでしょう。
あるとすれば、新しい流れがある種の刺激になったと。

青沼 ああ、刺激にはなってるでしょうね。

岩田 ニンテンドーDSのヒットがもたらした、
「時間や物量をかけなくてもいいものはできる」
という考え方は価値のあるものだと思います。
ただ、一方で、この『トワイライトプリンセス』の
クオリティーと物量を目の当たりにした人が、
「やっぱり、たくさんの優秀な人たちが
たっぷり時間をかけて作ったものは、すごい!」
というふうに感じてくれることも重要で。
その両方が同時にあることが、
両方にとっていいことなんだと思うんです。
そういう幅があることがいいことだと私は思うし、
どっちかしかないのは不健全な気がするんですよ。

宮本 そうですね。

青沼 そう思います。
ぼく自身、ずっと大作といわれるようなものばかりを
これまでは手がけてきたので、
もうちょっと違う視点でものを考えるように
ならなくちゃいけないなと感じていて。
やっぱりほかのスタッフも個々に
そういう意識が芽生えていると思うんです。
今回の『ゼルダ』はこういう形でまとめることができて、
そこに後悔はまったくないんですけど、
「つぎは何を作ろうか」というときに、
そういうことが建設的な意味で
新しい課題として見えてくるんじゃないかと思いますね。


第10回 「この世界を堪能してほしいというひと言ですね」