社長が聞く Wii プロジェクト - Vol.5 『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』編

第8回 「今回のリンクは任天堂の中でも最高レベルでしょう」

岩田 当初、ゲームキューブで開発されていた
『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』を
Wiiに対応させるのは、相当苦労したと思うんですが、
どういう紆余曲折を経ていまの形に落ち着いたんですか。

宮本 ぼくの中では、Wii操作を使うことで
『ゼルダ』に新しい魅力が加わることと、
ポインターで主観アイテムを使う
便利さと使いやすさに勝算を持ってました。
だから「Wii版は操作を変えるだけで
ゲーム内容はそのままでいい!」と
青沼さんに話をしましたが、
不安もありましたね。

青沼 ぼくもスタッフも、最初はどうしたらいいか
ぜんぜんわからないという状態でした。
ただ、新しいデバイスを提示されて
「時間がありません」
って逃げるのはいやだったので(笑)、
とにかくいろいろなことを試しました。
たとえば、3Dスティックをまったく使わず、
ニンテンドーDSのタッチペンのように
ポインターとしてのみ、
Wiiリモコンを使う仕様ですとか……。

岩田 行く先をリモコンでポイントすると
リンクがそこへ移動するような?

青沼 そうですね。
それはうまくいかなかったというか、
「『ゼルダ』にはうまくはまらないとは思うけど
一度は作ってみよう」
という感じで取り組んだものだったんですけど。
そういう、「画期的すぎるかな?」というものも含めて、
操作やカメラワークはあらゆるものを試しましたね。
で、今年のE3に出展するときに、
ここが終着点かなというぎりぎりのものを出したんです。
でも、自分としてはまだ納得できていない部分もあって
E3のお客さんからどういう意見が出るかなあって
不安に思っていたら、やはり、ネガティブな意見が出て。

岩田 あ、そうでしたか。
会場で触ってくださったお客さんの意見は
それほどではなかったように思いましたが。

青沼 ええ、少しプレイしただけのお客さんは
十分に楽しんでくださったようなんですけど、
キューブの操作に慣れているコアなファンとか、
宮本さんにこっそり耳打ちするような人たちからは(笑)
けっこうネガティブな意見が出たみたいで。

宮本 ちょっと脅しも含めて
「めちゃめちゃ評判悪いよ」って言ったんです(笑)。

岩田 (苦笑)

青沼 発売前にそういうきっかけをもらうこと自体は
むしろ歓迎なんですけどね、
個人的にいちばんこたえたのは、
「『マリオギャラクシー』はすごく快適だった」
って言われたことだったんですよ(笑)。

一同 (笑)

青沼 いや、だって、そりゃ、
『マリオ』は最初からWiiで作ってるもん、
なんていう言いわけもぼくの中にはあったんですが、
「お客さんにとってはそんなこと関係ないな」と思って、
とにかくこれはなんとかしなきゃいけないと。
だから、Wii版の操作については、
E3のあとのほうがたいへんでしたね。

岩田 どこから見直していったんですか?

青沼 まず、E3でネガティブな反応が出た部分は
すべていったん外してみようと。
そのうえで、いちばん最初のコンセプトである
「Wiiで操作していちばんいいことってなんだろう?」
っていうところまで戻ってすべてを見直して。
たとえば、E3で多く聞かれた意見として、
「リモコンを剣のように振って操作したい」
というのがありました。で、もちろん
「リモコンを振ると、リンクが剣を振る」
というのはとっくに試していたことだったんですね。
ところが、最初にそれを試したときは、
「ずっとやっていると疲れてしまう」
という印象だったので仕様から外してたんです。
とくに、最初に試したときは、
縦に振ったり、横に振ったりという、
けっこう細かい操作に対応していたので、
それが遊び手にとって制約になってしまって、
続けていると「しんどいよね」という感じだったんです。

岩田 ところが、E3でお客さんは、
「リモコンを剣のように振りたい」と言う。
これは、難しい問題ですね。

青沼 いちばん説得力があったのは、
Wiiリモコンを手にしたお客さんの多くが、
「思わずそれを振ってしまった」という事実でした。
それは、活かすべきですよね、やっぱり。
剣だけでなく、釣りのリールを巻く動作なんかも、
最初はボタンでやっていたんですが、
E3で試遊してくださった人が
盛んにコントローラを持って
リールを巻く動作をしていたというのを聞いて、
「みんながそうするってことは直感的な操作なんだな」
ということで採用したんです。
やっぱりWiiのコントローラって、初めて触ったときに
「振ったら何か反応がある」
ことを期待されるんです。
だったら、その操作って絶対あったほうがいい。
剣を振る操作もけっこう悩みましたが、
操作がストレスにならないように仕様を簡略化して
「リモコンを振る=剣を振る」
という形を取り入れることにしました。
そもそも『ゼルダ』はずっと敵を斬り続ける
というゲームではありませんし、
回転斬りが簡単に出せるようになるという
うれしい点もありましたので。
ただ、いまの形に落ち着けるまでには
かなり調整したというか、時間がかかりましたね。

岩田 たしかに、E3のあとは、
いろいろと迷っていたようにみえたWii版の操作が
スッとまとまったように見えました。
いまにして思えば、無理をしてでも
E3にプレイヤブルなものを出してよかったですね。

青沼 結果的には、そうですね。

宮本 E3での評判には、ぼくもちょっと驚いたんです。
もう少しよいかなと思ってたんですが、
人が「握ったリモコンの十字ボタンを使う」
ということに対して、あれほど抵抗があるものだとは
正直、思わなかったんですね。
ぼくらはやっぱりあのリモコンを握り慣れてるので、
握っていてもけっこう指が動くんですけど、
初めてあれを触る人は、ギュッと持つんですね(笑)。
棒のようなものを握ったときにふつうの人の指は
そう簡単には動かへんということを思い知りましたね。

青沼 ただ、なんというか、
リモコンを振るようにしたからよくなったとか、
リモコンの十字ボタンを
あまり触らせないようにしたから成功したとか、
そういう「あるひとつのアイデア」によって
操作が落ち着いたわけでは決してないですね。
いまの方向性に決まってからも、
調整してはテストするということを
短いスパンで何度も何度もくり返して、
操作の微妙なチューニングを
とにかく徹底的にやりましたから。
それはもう、宮本さんとふたりで、
「こうですね」「うん、こうやな」って結論が出てからも
延々とチューニングしてました。

宮本 うん、本当はそこからなんです。
たとえば、開発中のソフトにキーアサインの機能をつけて
「このボタンは何々、このボタンは何々」
って書くのは、もう、すぐにできるんですよ。
問題は、そこから、いかに
自分が動かしたようにリンクが動いていると
プレイヤーに感じてもらえるように作りこむかということで。
細かい誤動作を防ぐために、
いろんな暴発防止処理を施していかないと
その操作を本当に「試した」ことにはならないんですね。
そのチューニングはもう、さんざんやったね。

青沼 やりましたね。

宮本 というような経緯があったのですが、
それはまあ、仕様としての紆余曲折という部分で、
Wii版の操作が落ち着かなかった原因として
じつはいちばん大きかったのは、当初、担当者たちが、
「Wiiでやっているということは知ってるけど、
自分がWiiで作っているとは思ってなかったこと」
だと思うんです。

岩田 ああ、なるほど。
Wii版に対応すると決まった当初は。

宮本 そうなんです。
「Wiiでもプレイできるキューブ版の『ゼルダ』」
だとスタッフが感じているうちは、
ひとりひとりにとってWii版が
「自分に関係のないもの」になってしまうんですね。
そうなると、必死になっているのは、
ぼくと青沼さんと担当プログラマーだけになる。
それが、「我々はWiiの『ゼルダ』を作ってるんだ」と
きちんと浸透させてくと、
みんなが全力投球しだすんですね。

岩田 うん、うん。

青沼 だから、最後の最後、デバッグに入るときは
「Wiiでデバッグしてください」って
全員にアナウンスして。
「キューブ版でベストのチューニングにしたのに」
っていう意見がたくさんでたら困るなと思ってたんですが
幸い、みんなすぐにWii版に慣れてくれて、
逆にキューブ版に戻りづらくなったりもしてて(笑)。

岩田 ほかの開発者のみなさんに取材していても、
きちんと両方に自信を持っているという感じでした。

青沼 それはよかったです(笑)。
キューブ版に思い入れのあるスタッフも多かったですけど
Wii版は、画面比率の関係で、
キューブ版よりも視界が広いですから、
「Wii版のほうがやりやすい」という意見も多くて
最終的にはいいところに落ち着いたと思います。

宮本 ゲームキューブ版は左右が反転するというのも
新しいおもしろさを生んでますしね。

岩田 わかりました。
つぎはグラフィックについてうかがいます。
今回の『トワイライトプリンセス』は、
リアルな『ゼルダ』ではあるものの、
いわゆるフォトリアリズムの表現を
追求しているわけではありませんよね。
青沼さんはもともとデザインをやっていた人ですが、
そのあたりはどういうふうにとらえていましたか。

青沼 今回、リアルな『ゼルダ』を作るというときに、
ぼくがいちばん怖かったのは、リアルにすることで
「ムダな仕事が増えてしまう」ということだったんです。
たとえばリアルな等身のリンクがジャンプすると、
「ふつうの人はこんなジャンプしないよね」
ということになる。そこにとらわれてしまうと、
ゲームの幅がどんどん狭くなってしまうんですね。
だから、多少、リアリティーが薄れようとも、
ゲームの中でリンクが気持ちよく動き回れるように
調整していこうというふうに心がけました。
ただ、そのあたりの線引きは非常に難しくて、
リアリティーにこだわりすぎる必要はないんですが、
宮本さんの言葉を借りれば、
「そこで起きていることが
ウソでないように感じられること」
という部分はきちんと表現しなくてはいけないんですね。
しかも、それぞれのデザインや挙動が
「重く」ならないように、必要最低限の手間で、
「らしく」見えるようにするというのが理想で。
全部を表現しなくても、
「この1点だけをちゃんとやれば」
というポイントがあって、
それを探し出すまでがたいへんなんですよね。

宮本 つまり、「世界をそのまま作る」というのと
「舞台の大道具を作る」ことの違いですよね。
「舞台を作ってんねやから」という話をせえへんと、
ついついみんな本物を作ろうとするので。
舞台を作るというときには、
やっぱり「舞台を作るためのツボ」というのがあって、
それはやっぱり丁寧に説明していきましたね。

岩田 具体的に挙げられることがあれば教えてもらえますか。

宮本 たとえば、そこに石ころがいっぱいあるとしますよね。
そのときに「その石ころが全部動かせる」
という描き方もあるんですが、
前提として「動かせない石ころもある」ということが
お客さんにきちんと伝わっていれば、
すべての石ころが動かなくても見逃してもらえるんです。
だから、「全部の石ころが動く」ということよりも、
「動くべき石ころが石ころらしくきちんと動く」
ということのほうがずっと大事で、
そういうところをどこで線引きしていくかというのが
「ゲームの中の世界を作る」ということなんですけど、
ぼくが開発に入っていったときは、
そのあたりの線引きが非常に粗い状態だったので、
細かく、うるさく言っていったわけです。

岩田 その見極めが徹底していなかったのは、
やはり開発の規模が大きくなったことに
関係しているんでしょうか。

宮本 そうですね。いまは仕事がどんどん細分化していて、
絵と、動きと、個々の配置を違う人がやるんですよね。
ところが、デザインも含めて
「ゲームの中のリアルな動き」というのは、
絵がどう描かれているか、
プログラムが全体をどう処理しているか、
どんな状況に置いてあるかというのが全部セットなので、
本来は、それぞれが関係し合っているんです。
何かが「その世界でリアルじゃない」場合は、
そのへんがかみ合っていないんです。
だからぼくは、ダメなものを見つけると、
何が原因なのかと思って聞いて回るんですけど、
わりとたらい回しにされることが多くて(笑)、
それで怒るんですよ。さっきの話で言うと、
「この石ころは誰が置いたんや!」ということですね。
やっぱり、その石ころは
誰かが置いたからそこにあるわけで。
追求していくとやっぱりディレクターですよね。
「デザイナーが置いたわけでも
プログラマーが置いたわけでもないやろ、
ディレクターが置いたんやろ、
誰や、ディレクターは!」
ということをけっこうしつこく言ってました。

青沼 意味もなく置かれている石ころというのは
本当にあるんですよ。

宮本 それを見つけては、
「どうして置いたの?」と聞くわけです。

岩田 「なんとなく」とか言うんですよね、
そういうときって(笑)。

青沼 そうそう。
「なんかとりあえず置いてみました」とか(笑)。

宮本 まだ「カッコいいでしょう?」とか
言うてくれたほうがスッキリしますよね(笑)。

岩田 「なんとなく」はいちばんダメなんですよ。

宮本 そういうことを、わりと意識してないんですよね。
毎日忙しくて、処理せなあかんものの量が多いから、
石ころはそのままになってしまうんです。

岩田 なるほど。
グラフィックそのものの話に戻りますが、
たとえばリンクの絵ひとつとってみても、
ただのCGでもなく、マンガっぽくもなく、
それでいて動くとリアルで、
バランスが非常におもしろいというか
これまでにない絵だと私は感じているんですが、
作ったほうとしてはいかがですか。

青沼 ひとつひとつの絵だけではなく、
全体の力なんじゃないかなと思います。
それぞれのデザインというのは、
いろんな人が関わっているので
やはりどうしても多少のばらつきが出てしまうんです。
それをアートディレクターの
滝澤さんをはじめとする監督役のスタッフが、
さきほどお話しした
「どうしても外せないポイント」
というのにこだわってバランスをとっていくんですが、
今回、とくに物量が多いので
その作業がたいへんだったんです。
でも、そこでかなりいろんな試行錯誤をしてくれて、
ライティングや空気感みたいなものも含めて
全体の世界をまとめてくれた。
いまのリンクが非常に魅力的に動いているのは、
そういう全体の力がうまく作用しているんだと思います。
思い浮かぶのは『時のオカリナ』のときの空気感ですね。
あのときの空気感ってやっぱり独特のものがあって、
遊んでいただいたみなさんも覚えてくださっていると思うんですが、
スタッフのあいだでも目標のひとつとしてあったので、
あの世界に通ずる独特の空気感が
また違った形で出せたんじゃないかなと思ってます。

岩田 独特の空気は、たしかに感じますね。
宮本さんは、今回のリンク、いかがですか?

宮本 今回のリンクは、ずば抜けたものがあるでしょうね。
これと同等のものは簡単には作れへんというか、
任天堂の中でも最高レベルでしょう。

岩田 おお(笑)。

宮本 いや本当に、それは自信持ってええと思いますね。
担当した西森さんは若手なんですけど、
彼に熟練のプログラマーがついて、
それをぼくや青沼さんが細かくチェックして、
設計レベルから話し合っていきましたから。
それはもう、何ミリセカンドという単位で、
プログラムでどう管理するかというところまで。

岩田 じゃあ、リンクに関しては
宮本さんもうるさく言うことなく?

宮本 はい。でも、動物の動きなんかについては、
もうかなりうるさく言いましたよ。
「これは動物に見えへん!」とかって(笑)。
馬なんかは、
「1回、本物の馬を見てこい!」と。

岩田 はい、その話、取材で出てました(笑)。

宮本 あ、言ってましたか(笑)。
でもね、ほんと、リンクに関しては、
あれだけ快適に動くプレイヤーキャラクターというのは
なかなかないと思います。
最後のほうにちょっと
アラが目立つところも出てきたんですが、
せっかくだからきちんと直そうと言ったら
みんな気持ちよく直してくれて。
ぼくがまあ、遠慮がちに
「せめてここくらいは直しましょう」と言うと
「いや、どうせなら全部直しましょう!」と。

青沼 遠慮がちだったかなあ(笑)。

一同 (笑)

岩田 また、今回のリンクは、よく動くだけでなく、
すごく魅力があるんですよね。

青沼 プレイヤーキャラクターなのに
キャラが立っているというとおかしいですが、
妙に味があるんですよね。
たぶん、宮本さんが
リンクにヤギを投げさせたあたりから
独特の存在感が出てきた(笑)。

宮本 ヤギくらいですね、ぼくが口を出したのは。
今回、ぼくは監修に徹してたので、
そういう企画っぽいことについては
ほかの人に任せてたので。
そのかわり、「ヤギを投げさせろ!」って(笑)。

岩田 また、乱暴なことを(笑)。

青沼 いや、でもやっぱりヤギは大きかったんですよ。
それまではやっぱり、どこかマネキンっぽかったんです。
ところが、ヤギを投げるとなったら、
ほかにも「これもできるだろう」「あれもできる」
みたいなことになりましたから。
あれよあれよとリンクが……。

宮本 ヤギ投げるわ、中ボス投げるわ……。

青沼 あんまりネタバレしないでください(笑)。

宮本 あ、そやね(笑)。

岩田 なんにしろ、今回のリンクに関しては
手応え十分という感じみたいですね。

青沼 ええ。でも、本当はもっとやりたかったですけどね。
って、こんなこと言うとまた、
「まだ時間が足りないのか!」
って言われちゃいそうですけど(笑)。

岩田 うん、ちょっと言うかも(笑)。

青沼 そうですよね。
でも、もっとやりたいというのも本当の気持ちで。

宮本 十分やったと思ったけど、それでも足りひんかったね。
もうちょっと直したいな(笑)。

岩田 それが『ゼルダ』なんでしょうね。


第9回 「両方が同時にあることが両方にとっていいこと」へ