職種紹介

制作企画系の仕事

軸丸慎太郎 2005年4月入社

私は入社して、最初にソフトチェックグループに配属されました。その部署では、ゲームの発売前にチェックをし、そこで不具合が見つかれば開発チームに修正を依頼したり、もしその過程で任天堂の品質基準に満たないようなことがあれば、アドバイスをしたりするようなことをしていました。

例えば、開発チームに対して「この部分がルールに則っていませんから、対応してください」と伝えるようなこともしていたのですが、どうしても開発の終盤でのアドバイスになってしまいます。そんなとき、製品をより良いものにしたいという思いは強かったのですが、私にはゲームの開発経験がないために、開発チームに対して的確にアドバイスを伝えるのが難しいと感じていました。そのため、ソフトチェックグループの仕事に不満があったわけではないのですが、自分のスキルを高めるためにも、ゲームを作る仕事を経験しておきたいと考えるようになり、異動を願い出ることにしたのです。

折よくプランナーを求めているチームがあり、入社6年目にプランナーとして配属されたのが、ニンテンドー3DSの『マリオカート7』の開発チームです。異動したときにはゲームの骨格はほとんどできあがっていましたが、私はただ与えられた仕事をこなすだけで精一杯の毎日でした。そもそも当時は、ゲームがどういう順序で作られていくのか、ということも理解できていなかったからです。

その次に携わったWii Uの『マリオカート8』では、企画の立ち上げから関わることになりました。このときは、ゲームのなかで実現したいことを、イチから自分で用意するところからはじめることができました。完成するまで、ゲーム開発の一連の流れを経験できたので、プランナーとしてやっていけそうな手ごたえを感じられるようになりました。外国語を学習するときに、ひとつの言語を覚えるとほかの国の言葉に応用が利くのと同じで、ゲーム作りも1本の開発を経験することで、次への応用ができるようになってきたんです。

『マリオカート8』のイメージ図

『ARMS』~プランナーとしてアイデアを出す~

『マリオカート8』の完成後に、新たなタイトルを作るための試作期間が設けられました。プランナーの仕事は多岐に渡りますが、アイデアを出すのも役割のひとつです。私は試作段階でその役割を果たすべく、たくさんのアイデアを提出しました。試作段階においては、みんなで新しいアイデアを出し合うだけでなく、例えば「今日はアクションゲームについて話し合おう」というように、テーマを決めて意見を交換するようなこともしていました。そして、ある日のテーマは「格闘ゲームについて」だったのです。

格闘ゲームというのは、キャラクターを横から見た、2D視点のものがほとんどです。後ろからの視点では射程距離がつかみ辛く、相手に攻撃が届くかどうかが判らないのが理由の一つだろう、という話になりました。ですから私はそのとき、「だったら腕を伸ばせばいいんじゃない?」と提案してみたんです。すると、「じゃあ作ってみてよ」という話になり、企画書を書いて、実験をはじめたのが、Nintendo Switchの『ARMS』における原型になるものでした。

『ARMS』のイメージ図

まず遊びを作る伝統

任天堂のゲーム作りの伝統には、「まず遊びを作る」というものがあります。私たちはその伝統に則り、『ARMS』の遊びの部分を磨くことにしました。ですから開発初期の頃は、ぬいぐるみのような等身の低いキャラクターが、伸びるパンチを繰り出すようなゲームでした。最終的に、『ARMS』のグラフィックはまったく違ったものになりますが、まずは遊びの部分をある程度かためてから、デザイナーが本格的に絵をつけていく、という制作手順をとりました。

『ARMS』開発初期の画面キャプチャ

『ARMS』を開発していて、ちょっと不安になることもありました。理屈の上では、競技的なゲームとして成立するはずだと思っていましたが、本当に面白いのか、熱くなれるのか、自分では確信を持つことができなかったのです。そこで、スタッフたちを集めて、開発中の『ARMS』でトーナメント戦を行うことにしました。すると、戦っている人はもちろん、それを見ている人たちも、スポーツ観戦をするような感じで、おおいに盛り上がったのです。そのとき、みんなで楽しめるゲームになっているという確信を持つことができました。

自分がこれまで関わったゲームタイトルは、まだ数本にすぎませんが、プランナーやディレクターとしてやってこられているのは、最初に配属されたソフトチェックグループでの経験に意味があったように思っています。かなりの数に及ぶタイトルをチェックしていましたから、プランナーとしての目を養うことにも役に立ったのではないかと考えています。